ジャングルに行こう!
かつて黒い霧に覆われて異界と接続、混交した地域を“未調査区域”と呼ぶ。百鬼により巻き起こされたかつてのテロが世界規模で行われたために、いまやその区域はどこにでも存在する。
未だに黒い霧に覆われているところもあれば、晴れているところもある。曽良場に出現したジャングル風の異界は後者にあたり、熱帯めいた景色を白日の下に晒している。
さて、そうした異界は転じて重要な資源採集地となった。かつての地球でさえ人類は利用しきれていなかったにも関わらず、すぐ近くに異星や異界の環境が現れたのだから無理もない。
そうした事情によってまた一つ幻想が現実へと這い出してきた。それが“冒険者”……ゲームや漫画でもお馴染みの存在、荒事ありの何でも屋である。
曽良場ジャングルもご多分に漏れず
そこはこの際、どうでもいい話ではある。旧世代のゴールドラッシュの例を上げるまでもなく、人は利益と目新しさに群がることは新時代でも変わらない。
人が集まると曽良場ジャングル周辺には様々な施設が出来上がっていった。群がる阿呆を鴨にするための商魂たくましい連中の差金である。
とはいえ現在の事実上の行政組織がそれを助長しているのも事実である。一種の観光資源としても使える上に、冒険者は安く使える労働者なのだ。曽良場の当面の長はあまり気に入っていないようだが。
/
ピポポーン
「……らっしゃーせー……」
気の抜けた電子音からやや遅れてやる気のない声が続く。金髪に染めた髪のどこにでもいる青年は、客に笑顔を向けることなくスマホを弄っていた。
曽良場ジャングル周辺において最も早く出来た施設……コンビニである。あらゆる物を24時間、そこそこの価格で売るこのタイプの店舗は新時代でなおたくましい。現場は知ったことではないにせよ、だ。
いち早く安普請の店舗を作り上げて、同県内の店舗と全く同じ体裁を整えて営業を早々と開始した。その手際の早さにはもはや唸るしか無い。いつでも撤退できるようプレハブに毛が生えた設計も、危険地帯にあっては感心する要素だ。
「ほかは一箇所しか行ったこと無いが、稼ぐならここだよなー。あ、0カロリーゼリーの新しい味だ」
「まぁモンスターだのいない未調査区域なんてここぐらいだからな。米にしろよ、倒れても知らねぇぞ」
ガヤガヤと入ってきた冒険者の一団はどちらかと言えば工事現場の職人に近い格好をしていた。曽良場ジャングルで活動を行うとなれば伐採や採掘めいた作業になるため、自然とこうなったのだ。
血に酔うタイプは早々に見切りをつけて去っていた。冒険には危難が付き物だと言う酔狂者もまた多いのだ。
その様子にも慣れた店員はスマホを弄り、暇つぶしに掃除をしたりして適当に接客をこなして朝のアルバイトと入れ替わりで帰っていった。
客たちの一部が帰りの電子音を奏でなかったことにも、窓ガラス一面に赤い手形がついていたことにも全く気付かずに。
/
「冒険者の数がちょっと減ってるぅ? 申請漏れとかじゃなくてかい和尚?」
「否、である。連合は確かに緩い規則の組織ではあるが、それゆえに定められた仕事だけは確かにこなす。ここで働く許可を得て、河岸を移す申請をしなければ他所での仕事に支障をきたす。現場で働く人間ほど、そうした食い扶持を失いかねない行為は避けたいはずであるぞ」
なるほどなぁ……と
大学の理事長室をそのまま転用した市長室で多見は鳩人間と向き合っている。どう見ても怪物だが善の退魔師と言っていい怪人、ドバト和尚は連合に籍を置くれっきとした退魔師だった。
「他所じゃゲームじみた怪物が出るって聞いて、うちは楽だなーなんて思ってたが……甘かったか」
多見は素直に過ちを認めて、タバコに火を点けた。
あれよあれよと担ぎ上げられた多身が上手く曽良場を回せているのは、彼の能力よりも人柄の賜である。現場あがりであり、今でもさっさと現場に戻りたいと願う元刑事は小さな報告を軽視しなかった。
市長に似合わないヨレヨレのスーツ姿は何日も徹夜している証であり、ついでに数奇な運命への反抗心でもあった。
「拙僧に言わせてもらえば、その認識は甘いも甘い。吹雪まんじゅうのごとき甘さ。力でどうにかなるアヤカシなど楽なものである。拙僧が仏門に帰依するのにも現実的な理由を兼ね備えているのだ。市長殿も頭を剃り、仏に祈ろうではないかぁっ!」
「代理だ。あと俺が仏門に入ったら、他の勢力がうるさいから却下だ和尚」
ともあれ困ったことだった。
補佐官である
「連合内の問題としてうっちゃっても良いんだが……それも不義理だな。大体、いつ市民に矛先が向くかわかったもんじゃねぇ」
「いい心がけである。それに力づくが通じないと限ったわけでもない」
「……そりゃどういうこった、和尚」
「うむ。消えているのは冒険者。つまりはジャングル周辺で事件は起こっている。拙僧は先程アヤカシを例に出したが、それですらない可能性の方が大きい。すなわち、まだ誰も見たことなき、異星異界の輩の仕業である!」
くちばしを開き、輝きのない目を見開くドバト。正直なところ、和尚の見た目のほうが余程怖い。そこは棚上げして、多見は唸った。
「じゃあ、それこそどうしようもねぇ。誰も知らないんじゃ、準備もできん」
「しかしながら手を打たない法もなし。こうした場合は当然に、万能選手を出すべきである。というか、それゆえに拙僧が来たのである」
特化した使い手は状況がハマればまさに特効薬だが、事態が不明のまま放り出すのは危険過ぎる。どんな事態でも最悪、情報だけでも持ち帰れる万能型が望ましい。
「しかし、報告書を見て困った。事件は全て夜……拙僧は夜中は目が見えんのである!」
「そういや人狼事件の時もそう言っていたな」
まぁハトだし……という言葉を多見は飲み込んだ。単純に鳥目の問題だ。人間も夜中はさほど夜目が効くわけでもない。
「目か……って、また先生に頼るのかよ」
「そこは恥ずべきだが、命には変えられん。というわけで
今は本当に先生なのだから、そちらに専念させてやりたいのだが……ため息をつきながら多見は再び判子をついた。
/
護兵はくしゃみをした。大概こういう時はろくなことがない。
またぞろ、厄介ごとにかかわらされるのだろう……
白い講義室で教壇に立っていた護兵は、ビジネスコートからティッシュを取り出して手を拭った。
「先生、風邪かい。それとも噂かな?」
「噂だよぉ。ほら、あの超美人の!」
「結局先生って、狭霧さんと付き合ってんの?付き合ってないなら紹介してくれぇ」
先生、先生とやかましい。あと最後の質問はやめて欲しい。命に関わる。
「……ノーコメント。それと、あんまりアレに深入りするなよ? じゃあ次のレジュメに行くから、さっさと気分を変えろ」
生徒達はひとしきり笑った後に、プロジェクターが映し出す資料に向き直った。彼らがこうした平和な講義に出れるよう、厄介事に首を突っ込まねばなるまい。
学生は本来、銃の撃ち合いに巻き込まれるべきではないのだから。
自分の学生時代を記憶の彼方に投げて、双眸護兵は震える通信デバイスに目をやった。
誰かが噂をしていたのは本当らしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます