名無しも頑張ろう!
ジャングルに銃声が轟く。それも一発や二発ではない。素人でも連射が効く銃だ、と分かるほどに。
だが、それにわざわざ撃たれてやるほどに学生たちは愚かではなかった。未調査区域に敵対者がいると判断した段階で既に逃げ出している。
逃げ出すと言っても無秩序ではなく、予め決められたルートを通って小集団に分かれて散っていく。清々しいほどに敵意を空振りさせる動きは明らかに訓練の賜物だった。
「避難訓練って無駄じゃなかったんだな!」
「いや、明らかに訓練の方が怖かったしなぁ……そりゃ慣れる」
恐怖を紛らわすための軽口を消せるわけではないが、かつての事件で奇妙に隆起した異界の名残を駆使して身が隠れるように移動していく様子を見れば講師たちも褒めてくれたことだろう。
黒い霧事件……異界を作り出す創界法という術の亜種を利用した兵器による事件は、妖怪たちによる過激派組織“
ここ
それを踏まえて生き残った住人には様々な訓練が提案された。
勿論、旧時代を懐かしむ余り拒否した人間も多かった。だが亜人種や黒い霧への反攻の主軸となった曽良場大学の者達はこれを積極的に受けている。
分けても逃走訓練に関しては徹底されていた。元が地方都市である上に市街地を失った曽良場は人材の不足が最も問題となっている。それを深刻化させないためにも、半端な力で無謀を晒すよりは逃げる方向性で徹底させていた。
……少しばかり訓練内容は厳しすぎたが、世界の2度めの変革にも耐えた人間たちもよく耐え抜いたといえる。
「うっきゃきゃきゃっ!」
それでも耳障りな声が追いかけてくる。
ジャングルに適した部隊を送り込んできたと見えて、自動小銃を構えた大型猿の姿をした異形は諦めることなく追いすがる。
「ゴリラにやられたくねぇ!」
「ゴリラはそんなことしねぇよ! 狒々だ!」
「マントヒヒ!?」
「ちげぇよ! 狒々って名前の妖怪だ!」
追いかける側の狒々という怪物は、古来の中国や日本で見られたという妖怪だ。獰猛な性格で人を投げちぎることを好むとされていた。人語を解し、よく笑うという逸話もある。
単純に猿やゴリラを指していたという説もあるが、今回追ってくる百鬼の兵は妖怪であるようだ。
そう兵である。かつて大学を襲った手合と同じように、狒々達もまた自動小銃を構えて追ってくるのだ。いくら訓練を受けても、木々の間で動くことを得意とする妖怪を完全に撒くことは不可能だ。優れた感覚で探知されて牽制の射撃を撃たれる。
「電信オッケー、念波オッケー、狼煙ヨシ!」
隠れていた人間の学生が声を上げる。
相手もまた如何なる妨害手段を取ってくるか分からない以上は、物理・霊的・電子的……3つ揃えての交信が望ましい。
「振り切るまで、逃げるか。応援が来るまで耐えるか……!」
耳が長い学徒が歯ぎしりしながら言うのに、犬人間は答えた。
「射程が違う! 動きも違う! やるべきは……粘ることと、逃げることの両立だ! WooooooooF!」
犬の遠吠えが樹林にこだまする。
駆けながら行ったソレは虚仮威しだが、狒々の野生的警戒心に響いた。こだまが途絶えるまでと意思統一するまでのほんの少しの時間を稼ぐ。
犬猿の仲というが、その効果でもあるのか。確かに犬の声は効果があったようだ。
「耐えて逃げ続ければ……必ず応援が来てくれる!」
連帯こそが人という種の強みだ。しかし共に過ごした大学という空間によって亜人と人もまた限定的ではあるがそれを手に入れた。
そして彼らは知っている。こういうときのために駆けつける部隊があることを。
/
唸り声と共に現れる鋼鉄の獣。
不安定な道と敷き詰められた草葉。立ちふさがる木々。それらを物ともせずにオフロードバイクに乗った集団が現れた。
乗っているものは生き残ったバイク屋からかき集められた物で、それを駆る人物達が持つ得物もまた思い思いの代物だ。見かけに統一性は無いが、色は濃い青に決められている。
「退魔交機隊! 来てくれたか!」
間に合ったという思いとともに、安堵で学生たちは胸をなでおろす。
交機隊というだけあり、彼らは元々曽良場で公職にあった者たちだ。その中で運転技術に長けて、さらには戦闘技術に問題の無い者だけ抽出している。曽良場ジャングルとその近辺における百鬼対策が最近の主な任務である。
旧時代の機構は瓦解してしまったが、こうした治安維持組織が実在することは実に頼もしかった。現在、曽良場を統べる代表機構のトップが現場あがりであるせいか型破りな形の部隊が多いのはどうしようもないが。
バイクに乗ったままで戦える者はそのままに、そうでないものは随伴歩兵となって狒々とぶつかり合う。
どう見ても工具であるMバーカッターや、未調査区域採掘用のジャベリンガンなどを転用して彼らは狒々をミンチに変えていく。……なお、これらはその多くが過激派退魔組織“同盟”からの払い下げ品である。
一際器用な機動隊長はバイクに乗ったままにチェーンソーを振り回しており、どうやれば跳ね返らないように振れるのか同僚にも分かっていない。
「頼りになるぜ……! ただ……」
「ああ、どう見てもこっちが悪役っぽいな。森の守護者対略奪者的な感じで。いや実際には攻めてきたのはあっちなんだがよ」
しかし、一回りは体格が大きい上に射撃武器を持つ狒々を押しているのは非合理的な光景だった。その理由は試作型のパワードスーツにあった。
曽良場で取れる魔力電池を使用した試作品であり、着込んだ人間を擬似的に気功術師へと押し上げる代物である。元来は東洋魔術による健康器具だったが、それを兵器へと転用していた。これを着込めば後々の負担を代償に身体能力が格段に向上する。
「うっきゃ! うっきゃ!」
「おらぁ! この地域は曽良場復興支援臨時本部が管理しています! 速やかに退去おらぁ! してくださいおっりゃあ!!」
声とともに振り回されるチェーンソー。
押されている隊員もあるが、流石に隊長周りは別格である。刃を通さないはずの毛皮を引きちぎり、鮮血をばら撒く。
しばらく、その状況が続いたあとに突如として猿たちは撤退を開始していた。
「おい! 退去しないで、確保されろやぁ!」
「隊長! 建前、建前!」
これだから“百鬼”の兵隊は厄介なのだ。という顔を揃えて退魔交機隊は去る侵入者達を見送った。理性もないような顔で規律の取れた行動をする。
妖怪に対抗するために人は妖怪に近付いていき、妖怪は人に対抗するために人へと近付いていっている。
「まぁ引いたってことは先生がどうにかしたんだろ! こっちも学生拾って凱旋だ!」
/
同刻――曽良場に派遣されてきていた“百鬼”の下級幹部
「あんのぉ糞若造めがぁ……」
これまで幾人もの退魔師を返り討ちにしてきた蛇五婆にとって、一旦退くというのは屈辱であった。氷の青鉈と炎の赤鉈で数々の民話に名を残してきたのだ。
しかし、今回本陣を強襲してきた気功術士は奇怪な武器を持っていた。高速で回転する気刃の付いた盾が特に厄介であり、それまでとの勝手の違いから勝負を次へと持ち越したのだ。
「くそぅ。くそぅ。恨めしや……この恥辱……」
冷静に自身で判断した撤退だが、それでも憎悪が湧いてくる。その手に持つ武器と同じように理性と感情が完全に分離しているのだ。
個人の力量はこちらが少し上と見た。ならばどちらでも構うまい。いや、殺す。いやいや。
ただ一人で煩悶する蛇五婆だったが、ろくに略奪をこなせなかった狒々をどう処罰するかで自分を慰めることにした。
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