お偉いさんと話をつけよう!

 もう自分達は学生ではない。

 退魔稼業の最中にだが、僅かに講師をしているためにどちらかと問われれば後進を育成する側にある。だが、こうも変わらない母校を見ていればかつての心境に帰っていることがある。



「未調査区域の植物を食わせた畜産はどうだ?」

「どう考えても、碌な結果にならない気がするぞソレ……ただ、やっぱり必要かもなぁ動物実験」

「気軽に言うなよ。お前ら人間種は良いだろうけど、不用意に行えば実験動物と似た亜人種の団体から攻撃食らうぞ。今の曽良場じゃ戦いはできるだけ避けるべきだ」

「未調査区域の植物を使うなら紙が良いわ。博光先生がいるんだし、符呪やスクロールに変化が見られる可能性は高い」



 生徒達のディスカッションは実りが多い。未調査区域は何もかもが新発見の地だ。若く柔軟な発想力が必要であることは言うまでもなく、同時に彼らは魅了された“何か”の専門家になってくれる可能性を秘めていた。

 あくまで非常勤講師である護兵はこうした場で口を出さない。受け持ちでないからということもあるが、神秘を元々知っている者では余計な方向性を与えかねない。

 術士肌である博光はともかく、護兵は別のことで頭を悩ます必要があった。


 ……現在は魔力電池の実用化によってのマンパワー不足を解決することが最優先であるために、調査は控えめになっているがいずれは地下まで掘り進めることになるだろう。

 現代のダンジョンとも言われる未調査区域は、“黒い霧事件”に置いての活躍が大であったため現在は過激な退魔師団体“同盟アライアンス”が多くの地域の優先権を握っている。

 一方でこの曽良場は幸運が重なったとは言え、独力によって解決したに近い・・。近い。近いというのが問題なのだ。護兵や博光が退魔師の協同組合“連合ユニオン”に所属する身ということから連合には優先権を主張する権利が無くもないのだ。


 ビジネスライクな連合であるため、今の所刃傷沙汰までは行っていないが…時間が経つほどに厄介だ。

 曽良場独自の戦力が早期に整えば良いだろう。だがそうでなかった場合…外にはテロ集団百鬼を、内には利権争いを抱えた状態になる。それは是非とも避けたい。

 立場以上に、ここ曽良場の街は護兵の故郷であり青春の地だ。なろうことなら力強く育って欲しい。


 それを考えれば……やれることは……


 正直なところやりたくはない。しかし、やらなければ外敵などよりも厄介なことになるだろう。ため息混じりの決心をした護兵は、僅かばかりの休暇を申請することにした。


/


『えー、ソウボー君だけずるいなぁ旅行とか』

「できるなら代わりたい……胃が痛くなってきた」

『……ますます見てみたくなったんだけど。常識人みたいに見えて、心臓がふっさふっさの毛皮でできてるソウボー君がそんなになるなんて』

「五月蝿いですよ。俺だって偉い人の前では緊張ぐらいします」



 旅客機の中に備え付けられた外部連絡回線で狭霧華風との連絡は続く。半独立を目指す曽良場としては今回の護兵の行動は外交じみていたために、頭の良い彼女とは声を交わしていたいのだ。色っぽい理由がないではないが、母親に甘える子供という方が正確かもしれない。



『とりあえず本部長の許可は取れたよ。事前に言えよ! って言ってたけどね、あははは』

「ぶちょーの無茶が伝染しましたかね……そちらの戦力補充はベリンダに任せておきました。ジャングルを焼かないように見張っていて下さい。では――」



 回線を切る。魔術、電子双方による秘匿化がかけられた通信回線は一人あたりの使用時間が限られている。違法な企てを防ぐためでもあるが、日本人らしく後ろで並ぶ人々に配慮して護兵は通信室から出た。



「しかし……世の中は変わったものだ。これが旅客機だからなぁ……歳を取ったかな?」



 九州から京都へと行く旅客機。それはもはや空中要塞と言ったほうが良い外見と性能だ。別におかしいことではなく、これが現在のスタンダードだった。

 かつて人員移動を司っていた丸みのあるフォルムは過去のもの。そこらで払い下げられて活躍をしていた。


 まぁ様変わりしたのは行き先もそうだが。

 古式ゆかしいを通り過ぎた外観へと変貌した魔都京都のことを思いながら、護兵はエコノミー席に戻って備え付けの雑誌を手にとった。


 ――“土器土器!? 魔界都市京都オススメの狩場スポット。大量経験値土偶!”


 あの街も相変わらずのようだ。そして土偶は和風の範疇に入るのか……?


/


 ともあれ今回は旅行ではない。そしてダンジョンを攻略しに来たわけでもない。

 空港から降りると、迎えの車が来ていた。黒塗りで、日常では乗る機会も無さそうな高級車がドアを開けて待っている。


 この時点で若干引きながらも護兵は車に乗り込んだ。道筋を知られぬためか黒塗りの窓は一切の景色を見せてはくれない。双眸流の眼を使えば見ることはできるだろうが、あえてしないことを選んだ護兵は内心でだけ警戒することに留めた。


 車に揺られていたのは30分だろうか? 一日だろうか? 途中まではしっかりと数えていたが施された撹乱術式が多すぎて、眼を用いない単なる警戒ではもはやどうしようもない。

 大人しく運ばれることにすると……意識が途端に落ちていく。昔を思い出す。かつて一度だけこの道を通ったときは父が一緒だった。

 あまり尊敬していない父親を久しぶりに思い出しながら、護兵は運ばれていった。


/


 眼を開けると既に車の中ではなく、清々しい緑の中に立っていた。緑と言っても草が生い茂っているわけではなく、清潔な畳が敷かれた屋敷である。

 日本家屋でありながら広々としており、開放的な雰囲気がある。ここで護兵は眼への気の流れを元へと戻す。神秘を見通す瞳が活動を再開する。



「こうなっていたのか……」



 外観が変わったわけではない。畳のい草のように警戒と識別の術が織物のように屋敷中を這っている。子供だった時分には見えなかった視点だ。まさしく無数。それだけの数を統制する力がこの屋敷にはあるのだ。


 そこに一筋。淡い光の線が続いている。これは案内人の代わりであると同時に、護兵の能力をアチラが正確に測り終えていることを現す。良からぬことを考えても無駄と言いたいのか。


 元よりそんな気はない。光の標にしたがって、屋敷をしずしずと歩いていく。元より古武術には礼法も含まれているため、少なくとも歩行に関しては失礼に当たらない動きができる。


 広い屋敷だ。同じような間取りの部屋が幾つも続き、自分の立ち位置を不安にさせる。これは神秘ではなく単なる間取りによる錯覚だ。術だけに頼る者ではないと主が言っているかのようだ。

 だが護兵は迷わずに進む。案内の光に加えて、彼の眼を持ってすれば迷うことはない。


 そうしてその部屋にたどり着いた。

 屋敷の端に当たるのだろう部屋は、畳の緑だけでなく外からの緑も映えている。爽快な気配の中に品の良い老婆が座っていた。

 白髪を結い、地味な着物を纏った老婆は静かな威厳を保ったまま瞑目していた。


 その御前に護兵はあぐらをかき、拳を畳につけて深々と礼をした。



「お久しゅうございます、神子守様」



/


 神子守……実際の名は誰も知らない。護兵の双眸家や博光の符木津家のような古からの退魔師たちを代表する顔役。旧時代弱小であった連合を守り続けた、旧家統括。その人である。

 護兵の挨拶からややあってから神子守は眼を開いた。



「本当に……お久しぶりですね護兵殿。以前お会いしたときはほんの小さな子供でしたに、立派になられましたね」

「おかげさまをもちまして……」



 無難に返事をした自分を護兵は褒めてやりたかった。

 神子守と会ったのは子供の時に一度きり。それも大勢の中の一人に過ぎなかったのだ。それを覚えられていることに、感動ではなく寒気を覚える。


 神子守と護兵では格が違うが、こうして面会できるのは一重に護兵が一家の当主だからである。形の上では立場にそれほど差は無いのだ。実際にはお察しではあるが。



「失礼でしょうが、貴方の父上の兵衛殿はそれほど才気に溢れた方ではありませんでした。鳶が鷹を生んだのでしょうか? もっとも出来が悪い子は可愛いものでしたが」



 老婆はくすくすと笑う。縮んだ背丈が相まって童女のようだ。



「今日お目通りを願ったのは、お願いの儀がありまして……」

「曽良場で産出される特殊な金属のことですね? この枯れ木の耳にも届いております。このような時代になろうとは……これもハルマン殿の差配でしょうか」



 内容を先取りされて、護兵は言葉に詰まる。

 頭の中でそれを見出したのか、あるいは手の者が幾人も曽良場にいるのか? どちらであろうと不思議はないが、それでも戦慄してしまう。



「これでも多忙な身。先んじてすみませんが、既に話は進めさせてもらっています。結論から申せば10年。10年の間は曽良場自体の優先権を認めさせました。酷なようですが特許などもその間に取らねばなりません。……この婆の身にはこれが限界でしょう。旧家統括など申しても、体面を守らねばならぬゆえ」

「いえ、感謝いたします」



 一切護兵の意志が絡む余地なし。格の違いを見せつけられつつも、その温情に感謝して頭を下げる。だがさして親しい身でも無い。そこには連合自体の皮算用があるのだろう。

 そう考える護兵の顔を見て、老婆は穏やかに微笑む。



「本当に良き男子になられましたこと。……少しこの老体の遊び相手になってもらいましょうか?」

「――!」



 瞬間、護兵は気眼に全力を込めた。

 老婆の細い細い体に気が充溢したのを感じ取った、咄嗟の防衛本能。死を前にした生物の本能でもあった。

 老婆の目が細められた――



「――っ。はぁ……」



 目が合っていたのはほんの刹那。それだけで護兵は総身を汗で濡らしていた。

 二人の間に躱されたのは一種の模擬戦闘。気脈の動きを頼りに行われた架空戦闘だ。



「参りました……! ご指導、ありがとございました……」



 前提条件は互いに体術のみ。それも護兵がいわば絶好調を仮定して、神子守は平時のままという有利を譲られての戦いであった。

 結果は極伝まで開帳しても27手で護兵の詰み。それも神子守は無傷。完敗としか言い様がなかった。細身ながら鍛え上げられた護兵と、風で折れそうな老婆でこれである。

 これでもし術まで使われれば恐らくは3手で詰まれるだろうと、護兵は悟った。旧家統括、そして連合の東洋系退魔師取りまとめ……その実力は老いてなお隔絶していた。



「良き腕です。若さも考慮すれば貴方ほどの使い手は、我ら退魔の家でも珍しきこと。驕らずにお励みなさいますよう――」



 惜しみない賞賛と礼を送る神子守。

 冗談ではない。老いた達人が若人を経験で圧倒するなど、絵物語の中だけのことだ。体力、気力、そして所謂魔力……総じて若いほうが有利なのだ。

 つまりは単純なる力の差。圧倒的な格差を見せつけられただけだ。老若? 性差? 相性? そんな差など格の違う怪物の前では誤差に過ぎなかった。


 護兵は願いを聞き届けられながらも、敗者として屋敷を辞した。


/



「よろしかったので?」

「ええ、勿論。広い意味ではあの子達もまた、我らが手勢。可愛い我が子のようなものでありますから。護兵殿、博光殿。あの子達のように可愛い子を千尋の谷へ突き落とすなどとても、とても……」



 先程までと同じ姿勢のまま姿なき声に応じる神子守。



「恐れながら、譲り過ぎではないでしょうか……?」

「口を慎みなさい、影。護兵殿は一家の当主。我が同胞。それに対して家士でしかないお前が言うことではありません。しかし――」

「は」

「そうですね。手のものを幾らか。彼らが頼りにするのはごぅれむなどではなく、符術の方にするように流れを。東洋の術の芽は摘んではなりませんから」

「御意のままに」



 声が消える。

 いつの間にか手に持った茶を神子守は啜った。眼下には和風の魔界と化した京都がある。その光景が神子守は嫌いではなかった。



「中々に面白き時代になったこと。それでも我らは続いて行くのでしょうね」

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