未調査区域で発見しよう!

 視界を埋め尽くす原生林に皆が息を吐く。ため息ではなく、感嘆の念からだ。かつての曽良場市街地は黒い霧に飲み込まれたために異界と接続。さらには中途で接続者が死亡したことから、かつてのビル群と植物が融合した、奇怪だがそれなりに馴染みある光景へと様変わりした。



「ああ……叫びたくなるな」



 出現した緑は熱帯のそれに似ていた。比較的地球という世界に似た環境と接続されたのは幸いだろう。生存者を探索しつつも、周辺の地形を調査しながらボー・ヴォルフは犬歯を剥き出しにした。

 こうした大規模な変化を迎えた後では、彼のような分かりやすい亜人種は貴重な人材となった。体力は人間を上回り、五感では影を踏むことすらも許さないのだから。



「はっ! わんわん吠えて三回回りゃ、ドッグフードをくれてやるよ!」



 そのヴォルフのパートナーはただの人間であった。それどころか、この城島美九里きじま みくりという男は神秘の使い手ですらない。選ばれた理由は「登山部である」という一点に尽きた。峻険な道のりに多少でも慣れている人間を遊ばしている余裕は、今の曽良場にはないのだ。

 例えそれが城島のような典型的な亜人嫌いでもだ。



「人間の発音はなっちゃいねぇな。howーーlアオーンの方がまだ近い。大体回ったぐらいじゃドッグフードも手に入らんのだから、こうしてえっちらおっちら歩いてるんじゃねぇか」

「人の飯だけ手に入るのなら構わんだろ! お前みたいなのは鼠で充分だろう?」

「俺は猫じゃねぇって」



 城島に悪意を向けられても、ヴォルフは気にした風は無い。

 意外なことにも思えるが、理性的な狼男であるヴォルフは城島のことをむしろ好ましく見ていた。影でこそこそ言う手合より面と向かって言えるやつ、と評価さえしていた。

 確かに一日で一変した世界で、主義主張を貫けるのならば大したものである。



「はい、はい二人ともじゃれ合うのはそこまで! 定時報告を大学へ送る時間よ」

「み、皆さんが拾ってくれた石は大学のラボで調べますので……一旦戻ることになるかもしれません」



 おどおどした様子の鉱石愛好会の御影と、お姉さん気質の恵良が言うと男二人は相好を崩した。可愛い子がいると主義主張は棚上げできるものらしい。


/



「おう、そうか。うん……うん。了解した、迎えを行かせるから無事帰ってこい」



 曽良場の臨時本部長となった多見は若者と話すことがこれほど救いになるのか、と感慨に耽りながら無線を切った。最近は臨時の回線や無線通信の音がトラウマになるほど、鬱陶しさに苛まれていた。


 曽良場復興支援臨時本部。

 組織名も役職名も仮のものなのは締まらないが、看板は必要なものだ。先日の黒い霧による事件は世界中で発生したために、最悪地方が自活・独立していく羽目になる。

 テロというだけあって、妖怪達は律儀に街の機能を奪っていった。それには当然に公的機関が最優先対象となっており、市長も町長も既に行方不明だった。あれよあれよという間に公人の生き残りを指揮していた多見が代表のようになってしまった。


 多見市長。そんな肩書が付く未来図を幻視して、多見は身を震わせた。冗談ではない。そうした支配欲の無さと責任感を両立させている性格だから選ばれたのだが、本人はそれに気付いていないようだった。



「失礼します。本部長」

「お前までやめろ金治。さもないと金治本部長補佐とか呼ぶぞ」

「それはご勘弁ください。多見さん、曽良場が独立した場合のデータ上がって来ました。大学が残ったのは幸いでしたね。丸ごと研究設備みたいなもんですから、早いです」

「学長がおなくなりになってなかったら、顔役を丸投げしたかったんだがな。……ど田舎だからか、割と食糧自給率悪くねぇな」



 異界に取り込まれたために、機能を失ったのは街の中枢だ。そのために離れて寂れた場所は丸々生き残ったのだ。そうした拓けた地域には地価が高い場所には作れない農耕地や大きな工場も多い。



「反面、防衛力なんぞはゴミみたいなもんですね。自衛隊の基地があるわけでもなし、退魔師の数は少なく、警察は全滅に近い」

「あー、完全独立よりは半独立が良いな。日本の名前を捨てなきゃ、他の人間勢力もそうそうは襲わねえだろう。それよりは内部の治安を維持する手立てが必須だな」

「それなんですが……」


/



「で、この石がそんなに凄いのか? 御影ちゃんよ」

「さ、さぁ? 私は神秘が専門外だから、お二人を呼んだんです……あの、すいません……」

「いや、別に怒ってるわけでもないのだが……博光も俺も最近ちょっと殺伐としてるだけで、気にしてくれるな」



 傍若無人な女性が身近にいるせいで、こうした控えめな女性の相手は気が狂うと思う二人だった。御影は今どきの大学生らしい、小洒落た髪型と色をしているが白衣がその印象を裏切っている。どうやら大学生らしく奮闘した結果らしく、内面は内気な少女のようである。



「い、色々と調べてみましたが金属の一種であるということぐらいしか掴めていません。あ、勿論色々分かってきてはいるのですが、その専門的なことをバーっと言い立ててもご迷惑かな、と。す、すいません」

「そのあたりの気遣いは昨今貴重だな……」

「俺も専門用語バリバリ使いそうになるな……」

「は、はぁ……? ありがとう、ございます?」



 護兵は横にある台を見やる。この鉱物以外にも様々なモノを取ってきたようだが、これだけをわざわざ退魔師に見せるという意味はあるのだろうか?



「それで……あの、魔力ですか? そういったモノを浴びせたりとかをお願いしたいんです」

「ああ、成程」



 やろうとしていることは分かる。神秘へのアプローチとしての1stステップという訳だ。しかし、対象を選んでいるあたり、既に何か得た情報があるのだろう。


 護兵は小さな破片を摘んで気を送り込んだ。

 石ころを自分自身の一部と認識して、循環径路に加える。仄かな白の灯りと熱が石に宿る。



「お、光ってら。気っていうか生命力の伝導率が高いってやつだ。魔剣とか妖刀とか言われる武器はこういうので出来てることが多いんだよな」

「隕鉄で作った剣とかな。光るだけでも節電の役に立つ……うん?」



 護兵は気功術の達人である。その違和感に気付けたのは僥倖だったと後に分かる。

 それは気を流している最中ではなく、接続を切った後・・・・に感じたのだ。その様子を親友である博光はいち早く察知した。二人共この場にいたのが最大の幸運でもあった。



「……どうしたよ、ゴっちゃん」

「いや、これ……アレ? 博光も試して見てくれないか。少し気になることがある……ああ、内氣じゃなくて五行の気で頼む」

「? 分かった、電気に近い木気でいいな?」



 博光は護兵が触った破片とは別の石を取って、試みる。今度は薄い黄色へと変化して、博光は口笛を吹いた。



「属性ごとに変化するのか。どの力でも反応するってんなら、すげぇなコレ」

「そこじゃない」

「あん?」

「力を抑えた後にこそ、神経を尖らせて見てくれ」



 護兵に言われた通りに博光は接続を断つ。格好に似合わぬ真摯な目で石ころを見つめる。その目がやがて驚愕に見開かれた。



「へ……? ハハ、マジかよ。本気でファンタジー鉱物か、コレ……」

「あ、あの……何が?」



 御影の疑問に護兵と博光は、違和感の正体を語る。



「接続を切ってからも、少しの間だが力が残っている……特に気は接触を断てば、即座に霧散する無色の力なのにだ」

「御影ちゃん風に分かりやすく説明するなら……これには蓄積能力……あー魔力電池の可能性がある。どうして気付いたんだい?」

「そ、その……偶然この石を根っこに生えてる植物があって……ぼんやりと光ってたのでもしかしたらって……」



 よくぞ気付いたものである。これこそが曽良場を修復する神の鉄と成り得る。


「鉱石を使った装置を考える必要があるが……これって世紀の大発見じゃね?」



/



「ふぅん。それが曽良場ジャングルの特産品って訳か」



 報告を聞き終わった多見が頭髪をかき上げた。

 神秘のことは専門外の旧人類を自称する多見だが、バッテリーを発明したと考えれば相当な大事だというぐらいの認識はあった。



「『未調査区域』に変なネーミングしないでくださいよ。多見さんの今の立場だと公式になりかねません。……この鉱物を利用した装置の開発に成功すれば、ゴーレムやら紙でできた兵隊の量産が可能になるかもとのことです」

「マンパワーが一気に解決ってか。で?」

「予算が欲しい、と」

「新時代に入っても結局金だなぁ。売るわけにも行かない特産品っぽいしなぁ……」



 多見は泣き真似をしながら書類に判子を二連打した。

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