曽良場大学、サークルB棟

 講義を終え、サークル棟へ向かう護兵達。

 大学というのはどこも無駄に広い物だが、オカルト系のサークルが入っているサークル棟は一際遠い。



「ゴッちゃん、明日の予定ある?」

「んー。あれ? ゴム弾の審議会に参加するって言わなかったか?」

「げ。アレ行くのかよゴッちゃん……あれ家の連中が勝手に日当釣り上げようとしたせいで、俺は行けないんだよなぁ。誰が行くの?」



 歩きながら読んでいた本を閉じて、護兵はクリアケースに戻す。



「ドバト和尚とパンキーちゃんに双子先生、と俺」

「マトモなのパンキーちゃんとゴッちゃんだけじゃねぇか! それで審議会すんの!?」

「ドバト和尚は見た目と、頭剃ろうとしてくる以外はマトモだろう。そもそも、中級以上で会話が通じるだけでも面子が限られる」



 退魔師というのは大体がおかしい連中だ。護兵にとっては非常に認めたくないことだが、護兵自身もそこに含まれる。

 神秘が開示されたことによる影響で最も大きいことの一つが、怪異あるいは妖怪も人格を持ち合わせた個人と認めざるを得ないところにある。

 そんな者たちを時に捕まえ、時に排除する。となれば、どうしても真っ当な性格からはかけ離れていくことに繋がっていく。戦慣れした兵士や傭兵が真っ当から徐々にズレていくことに近いかもしれない。



「まぁでも確かに……博光がいた方が楽ではあったかもな。俺は双子先生苦手だし」

「若干、小馬鹿にされている感じがするしなぁ。お偉いさんとか和尚の見た目だけで逃げるんじゃないか?」



 話している内に足元の煉瓦模様が少し変わった。

 サークル棟のある区画にたどり着いたのだ。


/


 そこだけは大学の中でも、少しばかり人通りが少ない。

 しかし、慣れてしまった物好きなどは入り浸りになったりもするのがサークルB棟だった。実際、このあたりになると空気が若干変わるほどに怪しく、近寄りがたくもあるが同時に刺激的だ。

 ……護兵や博光にとってはやや呑気に感じられるのだが。


 それも当然。このサークルB棟には神秘関連の活動を行うサークルばかりが隔離されているからだ。誰がなんと言おうともソレは隔離だった。ここから生み出される研究成果は興味深いものも多く、大学側も容認しているが…


 護兵達がサークルB棟の前に来たあたりで轟音が響き渡った。

 

 ガラス窓が弾けて、矢となって降り注ぐ。

 通行人に命中するその前に、紙の帯が幕を張った。



「符木の四段が三――陣幕っと」



 それは簡単な防護の膜だ。見た目よりは硬いが、機関銃を防げるモノでもない。

 ガラスはその紙に受け止められて、包まれていく。



「相変わらず器用だな。後始末も考えているのか」

「掃き掃除するよりはマシだろ」



 助けられた学生たちは軽く手を上げて礼をする。博光も同様だ。

 この区画では良くあることだから仕方がない。常人も奇人も爆発程度では騒がなくなってしまっている。



「魔導的薬学会の連中か?」

「神秘科学融合研究会の連中じゃね?」



 適当に決めつけていると、後ろから野太い声が挟まれた。



「いや、神秘草野球の連中だろ? 燃える玉が珍しくなくなってきたから、爆発を開拓するとか言ってたぞ」



 声の主は狼の顔をしていた。体格のいいレスラーのような体に動物の顔が乗っていた。……中々に小洒落たシャツを着ており、彼が人間社会に適合した異種族だと知れる。



「おっす。ヴォの字。これから?」

「おーう。飲みすぎて頭痛くてなぁ……午前の講義出れんかった」



 唸るように言うが、普通の人間の声が多少篭っている程度である。

 彼、ボー・ヴォルフは俗にいうところの狼男なのだ。


 棟に入り、階段をゆっくりと上がりながら話をする。



「オカ研は飲み会とか行かねぇの?」

「あんまり行かんな。うちの部長はそんな暇があったら騒動を起こす」

「美人なのになぁ」



 惜しそうな声を出すヴォルフだったが、彼とてこの棟に良くいる者として華風のことは「見てる分には良い」という評価である。



「こういうと失礼かも知れんが、ワーウルフからみても部長は美人なのか?」



 その顔の構造で美的感覚が自分たちと同じなのか? という質問であり、護兵のソレは確かに失礼ではある。だが、思っても聞かないほうが失礼ではないだろうか、とも思ったがゆえの疑問だ。

 それを理解してるがゆえ、ボー・ヴォルフは面白そうに喉を慣らした。



「まぁ当然の疑問だわな。狼男っていっても色々種類があるんだよ。俺なんかはこの顔でも人に近いんだ。言葉だってお前らと同じ風に話せてるだろ?」

「はぁん。卵が先か鶏が先かみてーな話か?」

「近いっちゃ、近いな。おっと、俺はこっちだからよ。お前らもたまには飲みに行けよ」



 ボーと分かれる。彼の所属するサークルは3階にあるためだ。

 ボー・ヴォルフは見た目に反して呪術文学会のメンバーであり、午後は読み物でもして過ごすのだ。


 さて、自分たちも自分の居場所へと向かうとしよう。博光と護兵は4階へと上がっていった。


/

 

 サークル室に入った途端、護兵は奇妙な者を目にした。

 華風が珍妙なヘルメットのようなモノを被り、横には巻かれた山羊角を持つ少年がノートに何事か書き込んでいる。



「お、来たねソウボーくん。博光君」

「初っ端から帰りたくなってきたんですが」

「はぁ……はぁ……」

「珍しいな。何やってんだ巻き角君は」



 というか息を荒げていて大変に気持ちが悪い。

 黒髪から出ている巻き角。ちんちくりんの白衣姿はこの棟にいる者ならば誰もが知っている魔導科学研究会の部長であった。少年に見えるが同い年である。



「はぁーーーー!」

「気色悪いわ! というか話が進まん!」

「そう邪険にしなさんな。私の霊感ゼロについて調べてくれてるんだから。……まぁ息が荒くて怖いのには同意するけど……おっとソウボーくん、借りてた本とまとめたノートだよ」

「あ、ども。良く読めましたね?」

「まぁね。根気があればこういうのは何とかなるものだよ」



 本……というよりは古文書めいた綴が渡される。興味深げに護兵のソレを博光が覗き込んだ。



「なにそれ? エロス?」

「双眸家の手記だよ。ご先祖様達が結構残してるんだけど3代目は悪筆過ぎて、7代目は達筆過ぎて読めなくてな。部長に解析してもらってたんだ」

「ああ、うちにもあるなそういうの……開かずの間とか言ってるけど手入れの手が足りなくて紙魚に食われてるだけだ。なんかムカついて俺の小学校の朝顔の絵日記とかぶち込んであるけど」



 後世の符木津家の人間は大分苦労しそうである。

 内容が書き直された大学ノートをパラパラと護兵はめくった。技などが記してあるが、名前は違っても既に誰かが思いついたものばかりで目新しさはない。


 それはともかく……



「はぁ……はぁ……はぁー! はぁん!」

「おい、ゴッちゃん。コイツ蹴り出そうぜ」

「いや、窓から落としておこう」



 他所の部長が煩くて仕方がなかった。


/



「いやー、ご迷惑をお掛けしました! 面白いデータが見れるとつい、こうなっちゃって!」

「いい趣味だな。1人の部屋でやってくれ」

「男が興奮してるの見ても、俺には辛いわ」



 護兵と博光が若きマッドサイエンティストに辛辣だった。

 サークル室が隣り合っているので、たまに爆発に巻き込まれるせいである。


 先月の“自己増殖型ゴーレム”事件など、魔導的薬学会が引き起こした“何食ってもカレー味”事件と肩を並べる騒動である。学内では比較的マトモな部類に入るオカルト研究会としては非常に迷惑だった。



「……で、角船? 部長でなにか分かったのか?」



 魔導科学研究会の部長……角船・シーパに話を振ると、目がキラキラと輝き出した。一同は嫌な予感に襲われる。



「それがですね!!! 凄いんですよ! なにも! な・に・も! 分からないんです!」

「堂々と何言ってんだこいつ。というかなんでそれで興奮する?」



 博光の疑問は最もだ。

 何か分かったのならば興奮していたのにも納得は行くが、何も分からないのならば困惑して然るべきではないのか?

 そんな当たり前の疑問に、角船は「これだから素人は困る」というようなポーズを取った。



「狭霧さんに付けて貰っていたヘルメットは、装着者の視界をこちらのパソコンの画面に映し出す。そして、脳内の霊質の反応を同時に観測する……それだけの機械です。単純な機械だけに何らかのデータは必ず取れるはず……しかし!狭霧さんの脳内の霊質に全く反応が見られない!つまりは!! 狭霧さんの“霊感ゼロ”とは! 単純な目の問題ではなく! 霊的な受信チャンネルが根本的に異なることを意味する可能性があり、つまりは……」

「ゴッちゃん。パンキーちゃんって結構、可愛いと思うんだよ俺」

「まぁ否定はできないな。ガム噛む癖は少しだけ好みじゃないが……」

「おーい、部員達? 私の体質に少しは興味を持ってくれないかな?」



 そう言われても口調が早すぎて、対応に困る。後で文書にして提出して欲しい。

 それから角船の話は延々と続いた。



「……というわけなんです!!!!」

「おう。取り敢えず水飲め。息上がってんぞ」

「ふぅむ。こうなると私の出自を調べて見るべきか……?」

「え、部長。今の長話全部聞いて覚えたんですか?」



 というか、ちゃんと結論が出るように話が出来ていたのが驚きだ。


/


 角船の話はたっぷり1時間は続いた。

 解放されたのは角船の妹が、自分たちの活動のために引っ張っていってくれたおかげである。

 


「なんというか、疲れたな……」

「気晴らしに神秘草野球でも見に行くか?」

「いや、止めておこう。俺はこのまま明日のための資料をまとめる」



 ゴム弾以前にも警察の対怪異用武装の案はいくつもあった。

 それらの開示されてる部分だけでもまとめ、ゴム弾と比較し、所感を書き込んでいく。



「じゃあ、俺は爆発魔球見に行くわ」



 博光は運動場へと向かうのだろう。一旦、サークル室を出て行く。

 結果として華風と二人きりの形だが、色気はまるで感じない。



「ソウボーくんのお仕事って私が見ても良いのかい?」

「今回の代物以外なら。一般にも開示されてはいますから……探すのは面倒ですがねぇ」



 ふぅん、と答える狭霧が肩を近づけてくる。

 こうなると流石に護兵も少しは意識してしまう。言動で台無しにするものの、狭霧は確かに美人なのだ。そして、香りが良い。



「……なにこれドリル? 男の子ってこういうの好きだよねー」

「あ、はいそうですね。……ああ、接近専用に考案された旋突槍ですね。威力が高すぎて、警察が使うにはボツとなった代物です」



 華風にこうした感覚を覚えるのは久しぶりだな、と思いながら護兵は質問に応えていった。

 

 ……旋突槍、毒噴出型警棒などなど、どれも殺傷力が高いものばかりが初期に並ぶ。それだけ異種族が恐れられていたということだろう。

 後期になれば束縛腰帯、後光式手帳、そして今回のゴム弾と少しマシになってくる。


 人々にとって神秘が当たり前になって敵意が薄れてきたということか? 願わくば、このサークル棟のように人と魔が平和にバカ話をするような世の中が続けば良い。


 護兵はこの時間が出来るだけ長く続くことを願った。

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