審議会

 どうしてこう市庁舎の床は安っぽいのか。

 化学繊維とことさらに主張するような灰色のケバケバしたカーペットを踏みしめて、双眸護兵は適当な考えに耽っていた。


 それほど数が多くない、既存体制に寄り添った退魔師である護兵にとって、警察署や市庁舎は結構馴染み深いのだ。

 神秘が開示されてからというもの新設された課やサービスなども相まって、公的施設は以前よりも騒がしい。それは市民に向けた一階部分のみの話であり、大部分が訪れない…事務処理を行う職員らが集う2階より上は静かだ。



『9階です』



 録音された女性の声とともにエレベーターのドアが開く。

 曽良場第2庁舎は警察絡みの部署が多い。護兵のような退魔師の免許発行、更新といった処理を行う課もここにある。

 今回用があるのは警察事務所に併設された、装備課の会議室だ。といっても、別にココに武器だの何だのが置いてあるわけでもない。あるのは資料などだ。


 まぁ、今回は審議会である。弾は確実に実物が運ばれてくるだろうし、射出体であるところのゴム銃も来るかもしれなかった。


 会議開始20分前……という微妙な時間に双眸護兵はやってきた。

 これは「直前に入ると失礼だろう」「かといって30分前だとか1時間前だと気を遣わせるし、座れないかもしれない……」という彼らしい性格の発露であった。

 要は心配のし過ぎである。誰もそんなことは気にしてはいない。


 会場に指定された第3会議室……9階の端にある……を目指して、2つめの角を曲がった護兵は「げぇっ」っと、相方のような声を出してしまった。


 原因はそこにいた袈裟姿の巨漢にあった。



「ふむ! 会議室の近くにトイレ! この気遣いに満ちた設計! かくあるべし! ……ぬっ!?」



 ぐるり・・・と顔が後ろを向くと、目をキラキラと輝かせた。……ように感じるだけである。何を考えているのか分からない黄色と黒の目がぎょろりと見つめている。


 異様な姿だった。人間の限界値ギリギリの背丈にみっしりと詰まった筋肉質な胴体。その上に鳩の顔が乗っかっている。異種族を見慣れた護兵からしても、少しばかり恐怖が湧くのを止められない。



「……どうも、ドバト和尚」

「護兵少年では無いかァッ! 久方ぶりだが変わらぬ大和男子ぶり! 頭を剃れば完璧であるッ!」



 異種族だが仏道にカブれたドバトはのっしのっしと護兵に近づいてくる。

 頭の位置も表情も変わらずにジリジリと距離を詰められれば軽いホラーである。



「……少年という歳では無いです」

「ならば青年ッ! 良し頭を剃れ!」



 若者らしく、護兵は危うく「うぜぇ」と呟くところであった。


/



「珍しいですね、和尚がこういう審議会に出るの」

「珍しくないのである! 招待されれば市民として! そして仏門として! 必ず参加するのであるッ!」


 つまり誘われることが稀だったんだな……、護兵は察した。口に出さないのが彼の礼儀だった。

 そうした気質が好まれるのか、会うたびにドバトは親しげに話しかけてくる。そういう悪循環が形成されていた。


 手に剃刀を持っているドバトが至近に来ないよう、巧みに距離を保ちながら話が続く。



「まぁ新装備は気になりますよね?」

「うむ! 公僕の装備は市民の安全に直結する! それに知識を役立てることが出来るならば、拙僧としても嬉しい限りよ! 後、公職にあるものは頭を剃るべきであるッ!」


 ひょっとして、それも申請するつもりか。

 護兵はこの和尚がなぜ誘われなかったのか、大体を理解した。


 もはや髪を剃ることを隠そうともしなくなってきたドバトから更に距離を取りつつ少し歩くと、会議室が見えてくる。

 少し早すぎたのか、未だに他の参加者はいない。

 

 ……このまま、この和尚と意味の分からぬ攻防と会話を続けないといけないのか…と護兵がげんなりとした時、ハスキーな声が響いた。



「オッスー。早いじゃんゴッさん。キジバト和尚」

「ドバトである!」

「ああ、そのグルンって動き、マジ勘弁。ちっとは自分の見た目とか考えて動きなよ」



 尖り跳ねる赤い髪。公共施設の中でガムをふくらませる様は一昔前の不良のようである。ギターケースを手に、同業者であるパンキーが立っていた。

 なお、パンキーというのは退魔師としての登録名であり、本名は不明。不明と言っても申請の際には明かしているはずだが、護兵は未だに教わっていない。

 退魔師が専用の名前を使って活動するのは筆名や俳号のようなものであり、一般的だ。博光や護兵のように家の立場を担う者は本名で登録することもあるが、それも一般的。

 ドバトはどういうわけか和尚の字まで含めて本名である…恐らくは帰化した際には既に仏道にハマっていたのだろう。



「ぬうぅううう! 相も変わらず世への反発を隠そうともせぬふぁっしょん! 髪を剃れいッ!」

「髪は女の命だよ、スズメ和尚」

「ああ言えばこう言う!」



 会議室の前でメチャクチャに騒ぐ一行を時折、胡散臭げに見ていく職員もあるが止めようとまではしなかった。



「まぁ確かに昭和の香りがしますよね?」

「生まれてないっしょゴッさん……アタシもだけど」

「否ッ。これは最も恐るべき平成初期の香りである! 仏敵退散!」



 年齢不詳の異種族僧は念珠を手に叫びを上げている。何がそんなに気に入らないのか、周囲には全く理解できない。



「まぁ開始までこの調子でダベってよーぜ?」

「後10分ほどしかないが?」

「双子先生が来るまでまだかなりあっから。アタシがエレベーター乗った時はまだ下でクルクル踊ってたし、30分ぐらいは伸びるね。その間暇だし?」



 ドバト和尚の念仏をBGMに、はた迷惑な雑談が開始された。


/


対怪異部装備課長はイライラと指を椅子に当てながらリズムを取った。苛立ちのサインである。



「羽津間君……私は確か真っ当な連中を集めるよう言ったはずだね?」

「はい、課長。その通りです」



 ピシッと決めたスーツ姿の羽津間係長に、装備課長は最近出てきた腹を抑えながら詰問を始めた。



「どうも、君は私の言わんとしたことがわからなかったようだね?」

「いいえ、課長。完全に理解してます」



 課長の目線の先には椅子に座った面々だ。未だに騒がしく、とても審議会の面子には見えないだろう。



「アレでかね?完全に動物園だ。マトモそうなのは学生ぐらいの若造だけだ。不良に子供、ハト……とても適した顔には見えん」

「ドバト和尚は法的には人間です。社会に叩かれますよ?」

「ではソコは修正しよう……もっとマシな連中はいなかったのかね?」

「いません」



 断言に課長は絶句したが、羽津間としても勝った気分にはなれない。

 退魔師はある種の傭兵に似ている。

 最近は互助組織などまで作って人の世に慣れ始めた異種族達。それに沿わぬ者たちが問題を起こせば狩って回る者達なのだ。当然、世の常識からは外れていく。言ってしまえば個性が非常に強い。



「補足しますと……近隣で活動する退魔師で、「一定以上の実力を有し、かつコミュニケーションが可能な者」となれば彼らぐらいしかいません。正確に言えばあと一人はいますが断られました」



 日当の額云々は伏せて羽津間は説明した。その目線に込められたのは暗に理解を求める意志だ。


 ココ最近の情勢のめまぐるしい変化に地方も対応しなければならない。隠すことなく言えば予算が無い。よって招致要項の中に「安くても来てくれる人物」というのが暗黙の内に含まれている。

 ここに集った面子は善意で参加してくれているのだ。ソコに文句を言ってしまえば立ち行かない。



「分かった。私が間違っていた! ……始めてくれたまえ。既に時間は過ぎている」

「はい」



 明らかに納得していない様子の課長を放って置いて、羽津間は審議を開始した。

 四角四面そうな見た目の割りにかなり“いい性格”をしているようであった。


/


「……さて、前置きはこのぐらいにして……如何でしょうか? 今回の新装備“捕縛用ゴム弾”は? 我々としても会心の出来だと自負しております」



 羽津間が課員達を代表して自身の程を伝えた。その言葉に嘘はないだろう。昨今は異種族の保護を訴える……保護という時点で下に見ている感は否めないが……団体などの活動もあり、黎明期のように銃でどかんと解決とは行かない世の中だ。

 そのあたりの苦慮の末にこうした装備が生まれたのだ。しかし、警官達としても無闇に殺したくは無いのも本音であろう。片隅に手っ取り早く片付けたいという願いがあったとしても、かなりの工夫を重ねて設計していたことが分かる。



「「大変ね。でも良いおもちゃよ。きっと素敵なパーティーになるわ」」



 真っ先に答えたのはゴシックな装束に身を包んだ双子の少女である。登録名は双子先生。



「うんうん。ありがとう、お嬢さん」



 娘でもいるのか、課長も相好を崩して応じた。

 この点課長は間違えていた。

 彼女たちはアンティークドールが魂を宿した付喪神出身であり……課どころかこの建物にいる者の中で最高齢である。その知識は深く、経験も豊富だ。見た目に反して最も意見を聞くべき相手だが……気付けというのも酷だった。



 登録名通りに彼女たちは先生なのだ。しかし、子供っぽくした口調と言葉から底意を汲み取るのは非常に難しい。護兵も幾度か相談したことがあるが、意味に気付くのは大抵はコトが終わった後である。



「えードバト和尚さんはどうでしょうか?」

「うむ。無闇な殺生は控えるべき、さりとて無法には時に力が必要。両方を抑えた良いアイデアである。しかしながら岩人形ゴーレムのような相手には既存の銃火器との連携が不可欠。身も蓋もない結論ではあるが、使用者の訓練が課題である」



 予想外に真っ当な答えに小太りの課長は目を白黒させている。

 ともあれ宗教関係者からのアドバイスはありがたい、と課員達はドバトの長い発言を記録していく。

 たっぷり10分は続いた。



「では次にパンキーさん」

「んー。お茶を濁した感が否めねぇな。重要なのはパッションだ。おっと、アタシは別にてきとーこいてるわけじゃねえ。実際、怪異だのを相手取る時は精神力が大事なんだ。使う側の腰が半端に引けてりゃ、あっさり食われる」



 パンキーの発言は抽象的だ。彼女は術を用いて戦うが、使えるのは一つだけである。よってこうした際の発言に具体性を欠いてしまう。


「だけど……作ったやつはリスペクトする。そいつのポリシーとエナジーはアタシの趣味には合わねぇが……マジで作ったのは分かる。ポップな感じだがナイスだ」

「彼女は何を言ってるんだね?」

「褒めてるんです」



 そうなのか? と首をかしげる課長。

 実際のところ羽津間にもよく分かっていないが、言いたいことはドバトと同じであるということだけ汲み取った。

 七三分けを整えて、羽津間は最後の若者へと投げかけた。



「では護兵さんは如何でしょうか?」



 室内の視線が集まる。

 中身も見た目も奇異ではない唯一の人物である。期待が大きく、護兵としても悪い気はしない。



「そうですね……接触した相手の気力魔力を使用して起動する弾のアイデアは秀逸だと思います。怪異、あるいは妖怪、魔物の類が素肌なのはよくあることですから」


 言葉が紡がれるたびにカタカタと記録の音が響く。



「一方で分厚い毛皮の護りといった地味ながら強固な防壁を如何に突破するか? 種族特有の色付けがされた魔力を相手取って効果を十全に発揮できるか? という疑問は残りますね」



 魔力や気力にも色や属性がある。特化した弾を造れば良いだろうが……何かに長じれば、何かが足りなくなるといった事態は避けられなくなるだろう。



「もう一方の使用者の力で起動させる術式弾との併用をオススメします。使用者の練度についての懸念はパンキーさんやドバト和尚も述べられた通りですが、2人一組を形成するような体制はどうでしょうか?」

「なぜ、拙僧は呼び捨てなのかね」



 護兵は無視した。



「相性もありますし、いっそ事前に情報収集して事前に弾を調整するのが望ましいのですが……」

「つまり、護兵さんは3人一組のような体制がベストだと?」

「できれば、の話ですが。調べるには接触が必要となりますから、いっそ部隊分けのほうが良いんでしょうがねぇ」



 人員が足りないだろうなぁ、と皆が頭を抱えた。

 即応体制にしてしまえば2人か3人が真っ先に駆けつける。弾を調整して属性を対応させるには、貧乏くじを引くチームか個人が必要となる。

 それらがまずぶつかって、直に攻撃を食らう。もしくは対象の血なり毛なりを取ってくる必要がある。


 部隊連携となると事が大きくなりすぎる上に、人員の招集に時間がかかる。ついでに金もかかってしまう。

 確かに課題だった。



「良くは分からんが、つまり調整するための材料と機会が無ければいけないのかね?」

「ええ、まぁそうなりますね」



 課長の声に課員達は力なく頷いた。

 この調子では正式採用には時間がかかるだろう、その思いが滲んでいる。



「では接触は退魔師に任せてしまえばいいのでは無いかね?」

「いや、それだと……」



 何も変わらないではないか。そう羽津間が口にしようとしたが……



「だからだよ。結局は退魔師にある程度は頼らざるを得んが、予算には限りがある。よって依頼は接触のみに限定して安くあげる。退魔師諸君とて死ぬまでやり合うのと、一発食らわせて終わりでは随分と負担が違うのではないかね」

「……行けるかもしれんな。退魔師の中には式神や使い魔を使う者もある。そうした者と警官2人でスリーマンセルを組ませるというわけか」



 ドバトが頷いて言う。そうした連中ならば直に現場に顔を出す必要すらない。一部を取ればいいのだから。護兵が真っ先に想像したのは博光だ。彼の使う式神ならばぴったりの役どころである。



「課長って意外に……いえ、なんでもありません」

「……そこまで言えば言ってるも同じだよ、君ぃ。そもそもこんな玉っころ一発で全部解決とか夢見る馬鹿もおるまい。どちらにせよ、これからの世はアウトローとの連携も不可欠というわけだ。不愉快ではあるがな」



 課員の迂闊な発言を横目に羽津間は資料をめくった。



「良い機会です。課長。あの案件を彼らに依頼しては?」

「うん? ……ああ、あれか。畑違いだぞ?」

「しかし、あちらの課長は同期でしょう? どの道我々が用意したモノを使うのは彼らなわけですし」



 隠れて何事かを語り合う課長と係長を眺めながら、護兵は嘆息した。



「何か勝手に話が進んだな」

「アタシ、あれ作ったのがどんなヤツか知りたくて来たんだけどなぁ。双子先生はどうよ? 心当たりある?」

「「お金、お金。たくさんかかるのに、料理は豪華! でも、どうして? きっと素敵なサンタさんの仕業」」

「つまり……外部からテコ入れがあったというのだな。きっと仏門のともがらだろう。サンタではない」



 まぁ12月には遠いことは確かだった。

 未だに半袖で良い季節なのだから。



「えー、皆さん。ここからは審議ではなく、依頼となりますが……少しお時間をいただけないでしょうか?」



 嫌な話の流れだなぁ。

 退魔師達は予感した。

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