封印騎士の女

 祭りは明日らしく、この日はテントを宿とすることになった。

 住民たちに軒下ぐらい借りれないか、と拙い交渉をしたが露骨に嫌そうな顔で断られた一行だった。


 黒塗りの車から現れた華風も合流した。過保護なのか放任なのか良く分からない家だな、と護兵は毎回の感想を抱いた。


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「いやぁ、すまないねソーボー君! 泊まる所が無いとは予想外だったよ! 助かった!」

「冷静に考えたらあるわけないでしょうに」



 確かに自分のテントは元々持ってくる予定だったが、姉に押し付けられた人数分のテントが役に立つとは護兵にとっては想定外だった。

 ここ……紫樹村しきむらはごく普通の寒村だ。立地などを考えても観光客をもてなす用意などあるはずもない。ただ人々が暮らしをしているだけとなれば、宿泊施設すら無いと考えるのは当然だ。

 他のオカルトマニア達はどうしているだろうか?公民館か車にでも鮨詰めが良いところだろう。



「いやぁ助かったぜ、ゴッちゃん」

「さては……お前、わざと持ってこなかったな…」



 ヤンキーが好んで着るような無駄にたるんだ服装で、博光は遠慮なく寛いでいる。どうやらテント以外は着替えを初めとして完璧に整えていたようだ。博光の中では護兵ならばテントや寝袋を持ってくるだろうし、最悪車の中で過ごせばいいという二段備えだ。外見とは違い、コチラの性格をよく考えていた。

 


「しかも、複数用意してきても結局は皆一箇所に集まるんですから」

「折角の旅だからねー騒ぎたいのさ。これでも乙女だから寝る時はありがたく借りるよ。素晴らしきかなパーソナルスペース」

 


 華風が伸びをすると体のラインが強調された。

 寝間着ではないが、寝やすい格好に着替えた部長は青年には些か刺激が強い。見た目とかではなく香りが。しかし着ている服の布質が明らかに高価そうで、気後れさせる。



「乙女なのか! 部長!」

「お前そのうち本当に痛い目見ると思うぞ? 具体的には俺が姉さんに報告する」



 興奮する博光がどこまで本気なのか護兵には分からない。分からないが、表面的にでも最低なのは間違いなかった。



「冗談だ!」



 博光は最終兵器の前にあっさりと発言を撤回した。

 博光が自身の姉を好いていることはとうに護兵も知っていた……仮にその好意が実っても義兄さんと呼ぶことだけはないと確信もしている。


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 さて、と部長は改まって座り直した。少しばかり真面目な雰囲気になったのはオカルト研究会としての活動について何かあるのだろう、と予測させる。



「今回、この紫樹村に来たのは祭りを見学するためなんだが、少しばかり気になることがあってね? 二人に相談しておきたいんだ」



 相談は大事なことだ。例え良い意見など出なくても、決定する者の助けとなる。



「ここの祭りに本格的な要素がある、という情報は実を言えばネットで拾ったのさ。そこが気になってね」

「そこだけ聞くと全然不思議じゃない気がするんスけど」



 神秘を操る体系すらインターネットを介して広まったようなものだ。独占していた者たちにとってはさぞ頭が痛かったことだろう。護兵や博光の父親もそうであったように。



「うーん、ここの祭りは本格的……つまり神事を兼ねたモノなんだ。そして祭りのご多分にもれず定期的に行われている。多少の例外はあれど、毎年といっていい。そして歴史あるものらしく、もう云百年続いているとか……まぁ云の部分については眉唾だけどね」



 予想外に真面目な疑問である。

 それのどこが怪しいのか……博光も察した。やや遅れて護兵も気付いた。



「云百年も続いているのに客に対する備えが一切・・無い?」

「そう。それだけ密かに行われていたのさ。意図的に隠す気があったのか、無かったのかは分からないけど。備えについても祭りを商に利用できるほどの余力が無いと言ってしまえばそれだけなんだけれども……驚いたことに、この祭りの情報が漏れたのはごく最近のことなんだ」



 思わず男二人も真面目に唸ってしまう。むしろ神秘に関わる者である二人のほうが話を切り出した華風よりも深刻な気分だった。

 予想外に客が多くて対応できないというのならば分かる話だ。だが一切無いというのはそれだけ他所からは目立たないようにしていたのだ。博光が上から・・・見た社が関係しているのだろう。

 だというのにいきなり流される情報。つまりは内部あるいは近くの者がネット上に放流したのだ。それが誘蛾灯めいて自分達を始めとするオカルトマニアを引きつけた。何のために?

 

 杞憂と言えば部長が言ったようにそれまでのことだ。だが、金の短い髪が思い出される。そんな場所を封印騎士が訪れた? 万が一、偶然で無かったら事態は最悪である。


/


 封印騎士とは“深淵”に対処する者達の総称だ。そして“深淵”は妖怪などの異種族や外道に走った人間とは根本的に異なる脅威なのだった。

 “深淵”などというが実際に深淵という種族が存在するわけではない。「訳の分からない脅威」を無理やり一括りにしたのが“深淵”。個体ごとに全てがバラバラだ。共通するのは強大であること程度である。

 行動原理からして全く理解不能であることが多く、実際に脅威であるかも不明であるものの、有名な話であれば見ただけで正気を失わせてしまうだとか、人間を苗床に延々と繁殖するだの害のある存在ばかりだ。


 そして封印騎士はそれらを封印、あるいは消滅させることを誓っていた。そう、誓いである。仕事ですら無いために深淵に対抗するためならば何でもするのが封印騎士だ。

 深淵の信奉者が潜伏していると聞けば、召喚を防ぐために街ごと焼き払うぐらいはする連中だった。そうした非道については個人差が当然あるものの、やる選択肢が出る時点で厄介だ。深淵と封印騎士のどちらを怖れるべきなのかわからなくなる程に。


 部長は疑問を話して大分スッキリしたようであった。なにせ霊感ゼロである。



「折角なんだし枕投げとかするかい? 修学旅行でしなかったことが今更に悔やまれてきた」

「俺の鋼鉄の枕を喰らえゴッちゃん!」

「本気でいてぇ! というか3人でやったら不毛過ぎるぞ! あと、切り替え早すぎる!」


 枕は護兵にだけ飛んできた。


/


 深夜に護兵はテントから這い出た。華風は寝入ってうえに、博光が起きている。彼女の守りは任せても良いだろう。

 紙で作られたフクロウが護兵の前に浮いてきた。びっしりと紋様が書き込まれており、博光の符だと分かる。目当ての人物を探すために、目を貸してきたのだった。



「お前に言っても仕方ないが……日頃からこの気遣いができればモテるだろうにな」



 刻まれた行動しかしない人造の鳥は何も答えずに飛び始めた。


 鳥を追う。護兵にとって夜間の行動はさして苦ではない。流派の特徴として夜目も効く。退魔師として活動する時間帯は世間のイメージ通りに夜が多いため、眠気も無い。

 しかし夜が苦にならないのは護兵だけではないらしい。そこかしこから笑い声が響いてくる。集ったオカルトマニア達が酒でも飲んでいるのだろう。地面に目を向ければゴミが散乱している箇所もある。



「一応、拾っておくか」



 これでは明日の祭りでも歓迎はされないだろう。そう考えて護兵はゴミを幾らか拾っておいた。袋に詰めて、博光の車にでも積んで帰ろうと。

 

 紙鳥は律儀に待っていた。一定距離以上は離れないようにプログラムされているのだろう。博光はこうしたところでは天才的かつ繊細だった。

 鳥を追うことしばし。村からある程度離れたと言っていい空き地で鳥は止まった。進めば灯りが見えてくる。いや灯りにしては妙に揺らめいている。

 灯りに近づけば目当ての人物が見えた。灯りは焚き火であり、金の髪と真剣な顔が目に入って護兵は息を呑んだ。美しい――からではない。


 トカゲ、焼いて、食ってる。


/


 待って欲しい。トカゲを食べることは異常だろうか? 正常だろうか? しばし護兵は足を止めて考えた。

 ……恐らくは彼女の流派に伝わる糧食などから来る習慣なのだろう。肉体を用いる戦闘法……自分のような操気士や純粋な武術家は“体を作る”ということが重要になる。医食同源というやつだ。

 護兵の双眸流にせよ、博光の符木流でも似たような携帯食の作り方は文書で残されていた。……まぁ二人で作ってみた結果、「これ市販の栄養携帯食で良くない?」という結論に達したのだが……味も端的に言って不味かった。ブロック状の携帯食は今も持っている。世の中便利になったものだ。

 ともかく、現代日本人からみて変だからと言って事実そうであるとは限らない。流派関係なく、彼女の故郷では普通かもしれないのだから。



「ハンバーガー食べたい……」



 女封印騎士の呟きに護兵は思った。多分、この人駄目なタイプだ。部長とかとは別方向で。

 敵意が無いことを示すために、常に体の内部を循環・活性化させている気を抑えて近付く。



「あー、隣いいかな?」



 金髪の少女は無言で頷いた。



「私をずっと監視していたのはお前か」

「正確には俺の仲間だな。会った時、横にいたダルダルの格好したアレだよ」

「ふん?」



 あまり気を悪くした様子はない。

 味方でも無い戦闘者がいれば当然のことだと思っているのだろう。疑問形なのは博光がそうした注意深いタイプに見えないからのようだった。



「……トカゲ好きなの?」

「いいや」

「……美味い?」

「……いいや」



 護兵が知らなかった事実として、封印騎士は大抵が貧乏だった。

 志を同じくする善意の協力者からの寄付金で組織としての体裁を辛うじて保ってはいるが、個々人については本人の努力に任せている。そのあたりから貧乏騎士などと呼ばれて馬鹿にされたり、利用されたりすることが世には多くあった。


 人が食っているのに自分は見ている、というのは大変に居心地が悪い。小さな肩掛けカバンから携帯食を取り出して食う。もそもそとした食感だが、護兵は意外とこういう味わいは好きだった。ぼそぼそとしたパンなど良く買っている。

 それを今度は女騎士の側がじっと見ていた。じっと……



「食べる……?」



 失礼かとも思ったが、小袋を差し出してみる。



「食べる」



 袋から出てきた小麦色のキューブを彼女はじっと眺めていた。



「あー、毒とか入ってないから。そんなことするぐらいなら普通に殴り掛かる方が趣味に合ってる」

「ふん? まぁどの道私には毒など効かぬが」



 携帯食を女騎士は咀嚼しだした。短髪であることも相まって凛々しい印象だが、こうしてみると小動物感がある。……案外に年下かもしれない。


「美味しい……」

「まぁ趣味が合いそうで良かったよ……」



 美味いか、それが。確かに美味しい部類には入るだろうが、顔を綻ばすレベルでは無いはずだ。封印騎士の食生活を思ってなんだか切なくなってくる。ひょっとして地域に根ざした退魔師というのはかなり恵まれた存在では無いのだろうか…? 



「それで? なぜ私に近付いてきた? 分かるぞ、お前とあと一人はかなりやる・・。とはいえ、どちらも場をわざわざ乱す類の人間でもなし。この村の祭りを邪魔する気ならば、コチラも応えて戦うにやぶさかではないが」



 もう一袋、携帯食を女騎士に放り投げる。……凄い勢いでキャッチされた。



「そこだよ。信じ難いかもしれないが、俺達は本当に半ば以上物見遊山で来たんだ。それが色々と聞く内にどうにも怪しくなってきた。何か掴んでいないか? ついでにソレを開示してくれる物好きじゃないかな? そう期待して来たわけだ」

「……怪しい?」



 護兵の言葉に封印騎士は首を傾げた。

 むしろ……



「怪しくなってきた、というのならコチラが聞きたい。この村には毎年来ているが、人の出入りがここまで多かった試しは無い。しかしお前たち以外はどうにも緩んだ連中で、コチラが訝しく思っていたところなのだ」

「ここに来ているのは所謂ところの物好きで野次馬の類だ。俺達もな。インターネットで紫樹村の神事が中々に神秘的という情報があったから来た連中が大半らしい。あんたは違うみたいだが」

「インターネット? ああいうピコピコは私にはよく分からん。私の父がこのあたり一帯を巡回していた封印騎士で、その後を追った私も毎年警戒のために来ているんだ」



 ピコピコ……お母さんかあんたは。というか封印騎士にもあるのか縄張りめいたものが。

 益体もないことを護兵が考えていると、女騎士は空になった小袋を惜しそうに眺めた。



「美味い食事の礼だ。当たり障りのない情報ならば教えよう。……まぁソレぐらいしか持っていないのでつまりは全部だがな」

「そりゃどうもっと」



 小袋が二つ入った箱を投げる。随分と安上がりな情報源である。



「ふむ……父は騎士の多分に漏れず戦死したために、私が知っているのは残された手記による。ここには“みはしら様”とかいうモノを祭る風習があって、祭りはそれを鎮めるためのモノらしい。封印騎士である父が知っていたことからして、恐らくは深淵絡みなのだろうよ。封印に問題が無いか、というのを確認していたわけだ」



 ……親子揃って毎年警戒に来て野宿なのかこいつ。不憫である。

 みはしら様が何を指すかは分からない。天御柱や国御柱を指している訳は無いだろう……深淵には遠すぎる存在だ。信仰地域も離れている。



「気になるのはその祭りをわざわざ広く知らしめた者がいるということだな。ただの噂好きならばいいけど」

「深淵信者の手は広い。何らかの策やも知れぬが……まぁここの封印はかなり強固なものらしい。少なくとも付け焼き刃の素人が解除できるような代物ではない。そもそも司祭……神主か? の一族以外は弾く仕組みになっているようだからな」



 ……ある程度は安心できる。封印に干渉できるような者はこの村にほとんどいない、ということだから。むしろ護兵や博光、そして女騎士の方が怪しいぐらいだ。

 女騎士は携帯食の箱を開けようか迷っていたようだが、決断して背嚢に納めた。…大切に食う気だ。



「情報ありがとう。あー、俺は双眸護兵だ」

「……そういえば聞いていなかったな。ゴヘーか。私はベリンダ・ミヨシ。ふん? 自己紹介をするのは随分と久しぶりな気がするな?」

「何かあるとすれば明日か、気をつけてなベリンダ」

「ゴヘーも目を開いておくことだな」



 自分の寝床に戻ることにする。離れていく際に聞こえた、「心配など忘れていたな」というつぶやきが耳に残った。

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