今様退魔師!~当主達の退魔記録~
松脂松明
第1部
寒村の祭りへ突撃
『先日、島根県で起こった未曾有の大事件。“百鬼”と名乗る異種族集団による原発占拠事件について、異種族関係の専門家である立浪教授と評論家の今市さんをお呼びして……』
画面越しの大事件を聞き流す。
今、和室に置かれたちゃぶ台に向かっている青年にとってはどこぞの世界を震撼させる音よりも、味噌汁を啜る音の方が大事である。
日課のちょっとした運動を終えてシャワーを浴びて、飯を食う、そして大学へ行く。このサイクルが青年にとっては何よりも優先すべきことだ。正直なところ、隣町が“深淵”だのに飲まれてもそうだろう。
薄手のシャツに身を包んだ青年の肉体は鍛え上げられていると言っていい。短く刈り込まれた髪も相まってスポーツマン……というよりは武闘家のような趣があった。
年頃らしいものといえば、ツルの部分が少し洒落ている度の低いメガネぐらいのモノである。とはいえ、これで今時の若者を自認しているのが、双眸護兵という青年だった。
無駄に格好いい感じになっている漢字の羅列は、彼が生まれた家がそうしたものだからである。姉も似たようなものだ。大体にして名字が双眸という時点で変わった印象になるのは避けられない。
『……彼らの勧誘を受けて妖怪へと成り果てた若者達も多いということですが?』
『これはやはりね、最近の若い人達のモラルの低下が根底にあるんですね。つまりは……』
なんだか
「ゴッちゃん。ご飯食べたら早く出なさいよー? 最近、一時限目の出席率悪いわよー? 姉ちゃん、先に出るからー」
「ゴッちゃんは止めてくれませんか、姉さん……」
いつものやり取りの後、透明プラスチック製のキャリングケースを手に取り護兵はいつも通りに出発した。
/
護兵は基本的に講義を一日に3つほどしか履修していない。際立ってレベルの高いわけではない大学なのでそれで十分、お釣りが来るのだ。1時限目から3時限目まで受講するか2限目から4時限目までで終わらせてしまう。
その後はとっとと帰って遊ぶか、もしくは……サークルで駄弁るかだ。
さして広くないサークル室に足を運ぶと、いつもの面子が揃う。男が二人、女が一人。
「夏といえば肝試し。そう我らがオカルト研究会の出番よ……」
艶やかな黒髪を、花のように開かせた女性。その顔は整っており、肌の白さも相まって正に華だ。背丈もそれなりで、細身でありながら出るとこ出ているスタイルは一見した後、振り返る者が多い程だ。
しかし付き合えば付き合うほどに残念感が増していくことを護兵は知っている。入学時にサークルへと勧誘されて以来の付き合いであり、護兵にとっては貴重な“年上のお姉さん”であるはずなのだが…異常な行動力に振り回されて、そんな色っぽい感情はとうに消え果てていた。それが部長こと、
今も漫画の悪役のように組んだ手の影でほくそ笑む、謎の座り姿である。部長がこうなると、ろくなことにならないのを知っている護兵としては溜息が出る。
嫌いなわけではない。性能は見た目通りに完璧と言ってよく、特に勉学においてはかなり助けられている。外見も美人だとは思っている。しかし、これまでのサークル活動における騒動で損得はプラスマイナスゼロぐらいである。
「いきなり何言い出すんですか部長。またどうせ、凄いろくでもないアイデアでしょう」
「いいじゃんか。おっぱい大きいし」
「お前はお前でナチュラルに最低だよ……」
もう一人の男性サークル員、
やたらに濃い三人組で構成されているのが“曽良場大学オカルト研究会”である。ただし、護兵は自分もその“濃い面子”に入っているとは露ほども思っていない。
メジャーなサークルであるため幽霊サークル員ならば十倍はいるが、実際に行動しているのは彼らだけだった。
/
「大体、オカルト研究会なんてテニスサークルや文芸サークルぐらいありきたりでしょう?部長以外はなんとなく名前だけ入ってる幽霊部員ですよ」
事実である。今やオカルト研究会だとか、一時期は日陰の存在だった部活やサークルは陽の下だ。
インターネットの普及と共に魔法を初めとした神秘は世界中に急速に浸透した。通信教育的な教室すら表れ、それまで誰もが半信半疑だった存在は今では誰も疑っていない。
結果としてそうした活動……すなわち神秘の探求を行う集団がプロ・アマ問わずに増えていく。危険な側面があるため、高校などではある程度の縛りを設ける必要がある。そこから解き放たれた大学などになれば加速度的に過激化していく傾向がある。
あやふやな知識で行われる儀式や実験は様々な被害を出していたが、警告も何のその。そんなもので若者の好奇心を抑えることなど出来はしなかった。
そこを考えれば3人は素晴らしく真面目な部類に入るだろう。男二人はいわば
「え、ソウボー君? それはないんじゃない? なんで自然に自分達二人も省いてるの?」
「いや、そんなに熱心じゃないですし……」
頭を掻きながら濁すが、これまで部長が主導した活動に護兵と博光は全て参加しているという事実があって、照れ隠しのようにしか見えなかったらしく部長はニコニコと慈母のような眼差しを向けている。
「いいじゃんか。おっぱい大きいし」
「お前はもう黙れ……で、今度は何なんですか? 去年みたいに廃墟探索して、妖怪退治したらただの地元ヤンキー事件はもう簡便ですよ?」
「アレでオレだけ停学食らったの納得いかねぇ……まぁいいけどよ」
去年の記憶が瞼に現れる。
『噂の幽霊だ!確保ー!』 ……あの言葉に乗ってしまった自分達も自分達である。捕縛術めいた動きで捉えた護兵は相手の評判の悪さも相まって説教で済んだが、打撃系の動きをした博光はさっくりと御用となったのだった。
頭を振って景色を今へと戻す。忘れよう。
「大体、夏までちょっとある微妙な、夏休みでもない、考査を控えたこの時期にどこへ行こうっていうんです」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたよソウボー君。今度は村の祭りにお邪魔するのだ、だからまぁ多少時期が悪いのは我慢してくれたまえ」
「え、もう行くことになってる?」
今度は護兵がえ、という番に回った。これで中々に頭の回る部長の仕返しだろう。村というと牧歌的な響きだが、部長の琴線に触れる“村”である。確実に曰く付きだった。
祭りというのも一気に血なまぐさそうな印象になる。
「さぁ、いざ行かん! そして今度こそオカルトに触れるのだ! できれば幽霊とかそっち方面が良い! いざという時は、君たちが由緒ある家柄の力でどうにかしてくれ!」
しかも、出発は近日中らしい。
予定とか諸々を勝手に粉砕された護兵だったが、あまり無碍にする気もない。仲の良さもあるが、彼女がオカルトに拘る理由を知っているからで……
「部長って霊感ゼロだかんなぁ」
「俺達のこともただの格闘家だと思ってるフシがあるからな。この時代、逆にレアだぞ」
そう。狭霧華風には霊感……というよりは神秘を感じる能力が殆ど無いのだ。
魔力に気……呼び方はなんでも良いが、神秘的な力は大抵の人間が秘めているものだ。残酷なほどに才能差が出ることは、確かにある。だが誰もが“持ってはいる”のだ。
そこいくところ、狭霧華風はそこら中にいる異種族達すら見過ごしかねないほどに鈍い。神秘が飽和した現代にあっては病気めいていた。他の才能や環境には恵まれた反動なのか…しかし、だからこそ華風にとっては情熱を注ぐ対象となっている。
ゼロだからこそ触れたいのが、オカルト研究会部長の根っ子にあるのだ。
年若くも
/
「……我ながら押しに弱い」
来てしまった。
基本的に夜間に出歩くことなどに五月蝿い姉も、女の子が一緒だというとあっさり許可してきてしまったのだ。
『年頃なんだから、彼女と旅行っていうのも有りよね! いやー心配してたのよお姉ちゃんは。ゴッちゃんは良い子に育ってくれたけど、浮いた話全然ないし。若いのに筋トレマニアみたいだし……』
『いや……博光も一緒なんですが……』
『……3人一緒は感心しないな、お姉ちゃん』
『いえ、あいつはどちらかと言えば姉さん狙いの男なんですが? そういう目的の旅行じゃないって言いたかったんですが?』
『お泊り用のバッグとか出してこないとねー、あテントとかもいる?』
『聞いてくれません?』
……押しにも弱いが、姉にも弱い。
護兵はどうにも姉に対して頭が上がらなかった。そのあたりには家の事情なども深く関わって来るのだが……まぁ、この時点ではどうでもよいことだった。
山奥に向けて大荷物を背負って歩いていたのだが、途中で合流した博光の車に乗って移動できたのは僥倖だった。楽でいい。
/
「しかしまぁ絵に書いたような田舎だことで」
「オレはお前が荷物背負って徒歩で来たことに驚きだよ。免許持ってるだろ?」
「免許の有無と得手不得手は別のことだ。最終手段的な意味で取っただけで、出来るだけ乗らん」
「感動的なほど若者らしさからズレてるな、お前」
確かに車もバイクにも賭博にも興味は無かった。
ついでに言えばそれらに適性が無い。運転は免許取得ギリギリ。賭博に至っては自分でも驚くほどに弱かった。タバコは好きでも嫌いでも無いので、基本的には吸わない。
「おお、我が友の華の青春は灰色だ。大人なのに子供の位置にいれる最後の時期なんだからもう少し弾けても良いと思うがね?」
「ほっとけ。どうせ俺達の将来は今とさして変わらんだろうに」
「どうせ、は良くないと思うなオレは……」
家業を受け継ぐようなものだ。本格的に大人になってしまえば華風のような存在とも縁が遠くなり、いよいよ灰色だ。それが彼らの人生だった。
「そういえば部長は?」
「家の車で来るってさ。見た目通りにお嬢様だしな、あの人」
中身がアレなことに家族は特に意見も無いのだろうか? とは言え人の家の事情など、アレコレ想像するものではない。護兵とて探られたら痛すぎる家の生まれである。
流れていく景色はひたすらに畑だったが、チラホラと人も多い。誰も彼もがそれなりの量の荷物を背負っていた。若い人間が多数、あとは少しの異種族。
「今の角生えた女の子、可愛くね? 黒い肌がまた良い感じ」
「同意はしておく。部長が見れた情報だし、ご同類が来てるんだろうな」
ここの同類はオカルト研究会としての意味である。部長は頭も家柄も良いが、一般的な伝手しか持っていない。ということはこの村の情報を掴むことはさして難しく無いことを指す。
こうしたイベントにはオカルトマニアの女性を狙う男も出るため、二人が部長と行動を共にするのもそうした連中から守るという側面もあった。あの部長なら単身でどうにかしてしまいそうではあるが、それはそれ。護兵も博光も放置するほど不義理でもない。
当たり前といえば当たり前だが気の利いた駐車場などない。他の連中が置いている開けた空き地に車を停める。住人達にとってはあまり気にいることではないだろうが。
「……で、どうだ博光。この村は
見たところは一般的な寒村である。家々もさして歴史があるような感じはしない。
「上から一通り見たが、今のところはなんとも。ただ、結構歴史有りそうな社があるな……わりとデカめ。そっちは何か視えたか? ゴッちゃんよ」
「霊気は濃い目だが、一般的な霊場の範疇。最近流行りの
「パワースポットってお前が想像してるのとちょっと違う気がするぞゴッちゃん」
それぞれの得手で探れたことを考えると、部長には悪いがハズレの可能性が高い。そんなことを思っていた二人だが、女性が近付いて来た時ピリッとした空気が走った。
金髪碧眼。短めの髪に凛とした気配。少し珍しい西洋人ではあるが、護兵と博光が反応したのはそこではない。同類の空気を感じ取ったからだ。ここでいう同類とは魔と深く関わる者という意味だ。
向こうも同じモノを感じ取ったらしく、一瞬足を止めた。互いにどちらかと言えば“秩序側”だと察したために、軽く会釈して離れていく。
「見たか?」
「ああ……美少女だな。背と胸が無いのが惜しい」
「違う、そうじゃない。分かっていて軽口を叩くな。ひょっとしたらクロかもしれんぞ、この村」
分かっているよ、と博光が手を振る。
問題は彼女が腰にぶら下げていた警棒懐中電灯だった。そこにあったのは……
「ケルベロスのマーク……深淵潰しの封印騎士様ってな。見るのはひっさびさだ」
やはり、部長が選ぶ情報にはろくなものが無いのだろうか?
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