第10話 次元を超えた通話

 着信画面には、陽空ひそら なごみと出ていた。従姉妹であり、高校の先輩でもある女性だ。両親が海外に住んでいる為、渡の家に居候している。

「ど、どういうことだ?」

 繋がるわけがない――それなのに、着信音が途絶える気配はない。

 電話に出たら誰の声が聞こえるのだろうか。幽霊の声でもするのではとびびっていると、ピュレが怒り出した。

「何か知らないけど早く何とかしてよ! うるさいんだから!」

「あ、ああ……そうだよな、幽霊は俺の方だもんな」

「はぁ?」

 眉間に皺を寄せるピュレを尻目に通話操作をする。筐体を耳に当てて聞こえてきたのは、確かになごみの声だった。

『あ、出た……す、すみません、その電話を拾った方……ですよね? 実は、それ、故人の持ち物で……取りに、行きたいんですけど……』

 普段は年齢以上に大人の落ち着きを持っているなごみだったが、今は涙声になっていて陽光のような暖かさは感じられない。

「……なごみ? 俺だ」

『? なんですか? おれおれ詐欺……ですか? わたしの名前は画面を見て分かったんでしょうけど……』

「違う。渡本人だ。声で判るだろ? まだ生きてる。いや、死んだと言えば死んだんだけど……」


                §§§§§§§§


「…………」

 なごみは信じられない思いで立ち尽くしていた。今の声は、確かに渡のものだった。生徒会活動で五千円高校にいた彼女は、そこで渡の死を知らされた。制服から判明した所属校に警察から連絡が入り、まだ残っていることを知っていた教師から呼び出しを受けたのだ。現場に駆け付けた時、叔父と叔母は泣き崩れていた。そして、渡は――

(有り得ない……。待って。こう考えれば……)

 聞き慣れた声でも電話越しだと違う人の声に聞こえる、ということがある。ちゃんと渡の声として耳に届いたということは、別の人間が彼のふりをしているという可能性はないだろうか。だとしたら、やっぱり詐欺――

『もしもし? なごみ?』

 否、そんなことはない。

 わたしは、

「……ひっ」

 恐怖に駆られて、なごみは自分のスマートフォンを投げ捨ててしまった。その先にはビニールシートの掛けられた銃創だらけの遺体がある。同居親族としてその顔を確認したのだから間違いない。あれは、渡だ。

「どうした? 大丈夫か?」

 スーツを着た、細身で猫背の男性が近付いてくる。鮫島 天下と名乗った、県警の刑事だ。

「気分が悪いのなら、車の中で休むか? 高校生がいつまでも居ていい場所でもない」

 自分達が立っているのは惨劇の現場だ。無惨な死体は一つだけではなく、周囲にはまだ血の匂いが漂っている。サイレンの音に上空を飛ぶヘリコプターの音、犠牲者の家族の悲痛な声や怪我人の呻き声、アナウンサーがカメラに向かって話す声等、今までテレビの中の出来事でしかなかった光景がなごみの五感を刺激している。

 だが、なごみは今、それすらも瑣末なことに感じていた。彼女の心は、得体の知れないものへの恐怖に支配されている。

「わ、わ、渡君、が……」

「渡君が?」

 天下は彼女が指差したスマートフォンを拾い、耳につける。通話はまだ切れていなかったらしく、「もしもし」と呼びかけて名乗った彼はやがて顰め面になる。怯えているなごみを――次に現状を伝えているアナウンサーを見て、彼は電話口に話しかけた。

「あーーーーーーー……ちょっと待っていてくれ」

 天下は通話を保留にすると、なごみに向き直った。

「陽空さん、君はこの彼が渡君だと思うか?」

「分かりません。でも、多分……」

「そうか。君は、『死後に行く場所は異世界だった』という記事を知っているか?」

「え? あっ……!」

 なごみは記事を読んだことはない。だが、話題としては知っていたし、何より、現場には本文が載っている雑誌が落ちていた。彼女は、相変わらずカメラの前で喋っているアナウンサーを見ながら、渡の傍にある雑誌を拾った。

「この内容は、彼の話と一致する。すっぱだかで転生したとかその辺りを聞いただけだがそれに……」

 天下は横断歩道の先をぐるりと見回す。

 ビニールシートの盛り上がりそれぞれに。

 アスファルトを汚している大量の血に。

 最後に、容疑者を収容して走り出そうとしている救急車を一瞥してから彼はなごみに目を戻した。

「あの容疑者のことも合わせると……どう思う?」

「……………………」

 新説への驚きと同時に、なごみの中に否定しきれない思いが広がっていく。だが、答える前に天下は電話の保留を解除した。

「君が本当に渡辺君だとしても、俺にはそれを信じられる程に君を知らない。そこで、だ……ビデオチャットが出来るか試してみないか? スマホに君が映れば、俺は君を信用しよう」

「…………!」

 画期的な提案だった。なごみは急いで天下の側に寄って画面を見詰める。予感のようなものがあったのかもしれない。恐怖は感じず、画面に化け物が映るとも考えなかった。渡に会える、という確信めいた、縋るような気持ちがある。幽霊だとかそんなことは脳裏から吹き飛んでいて、転生したのだという仮説を彼女は認めてしまっていた。

『あんた、大胆なことを考えるな。そんなことして呪われるかもとか思わないのか?』

 呆れたような渡の声の背後で、『媒体を介した精神感応能力ね』とか、『鬼にそんな能力ありましたか?』とか『鬼じゃなくても、媒体からあんな音を鳴らす種族は見たことないぜ』とか、そんな声も聞こえる。緊張感の無いやり取りだ。台詞には漫画に出てきそうな単語が入っている。そのうち、画面が切り替わった。

『……出来たな』

 少しばかりノイズの走った映像だったが、そこには渡が確かにいた。だが、違う。彼は――

「角があります。渡じゃありません」

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