第9話 収監の理由

「『殺しをしない』のが、犯罪なのか?」

 その罪を犯した――否、殺した時に罪人でなくなるなら罪を犯し続けている――者は『魔人』ではないから魔王からの影響を受けない、と、五里倉は言ったのだ。

「そうだ。成人するまでに殺しをしないと犯罪者だ。オラはどうも、そういうのが苦手でな。殺しが出来なかった」

「オレもです。それでずるずると、今まで収監され続けていました」

 フレディが言う。この世界の成人は一八歳であり、それまでに魔人を殺さなければ犯罪者となりコロシアムに収監される。そこで決闘をさせられ、勝った――殺した方は一人前の魔人として認められ、無罪放免となる。だが、決闘には制限時間があり、一時間を超えると引き分けとなり牢に戻される。

「それを繰り返して、今に至る、ということです。相手を殺して無罪になろうという覚悟が、オレには足りませんでした。実は、最初に魔王様に攻撃した時もパフォーマンスの気持ちが大きかったんですよ」

「オラも毎回時間切れに持ち込んでたぜ。本気じゃなくても戦闘にはなるし、本気のやつも多いからいつの間にか結構強くなっちまった」

 五里倉はニッと笑った。裏の無い、正直な笑顔に思えた。

「そうか……」

 渡はほっと息を吐く。仲間意識は既に強くなっている。故に、彼等がどんな犯罪を犯していようと今更拒絶はしないだろうが、殺しをしていないという言葉に安堵する。

 尤も、渡自身、そこまで清く正しい倫理感を持っているわけではない。『なぜ人を殺してはいけないのか』と訊かれたら、『捕まるから』としか答えないだろう。だが、その『捕まるから』は相当の心の呪縛で、彼は殺しに対して多大な抵抗感を持っていた。それが、『とんでもないこと』だという認識も強い。

(にしても、さすが魔物の世界だな。殺すのが善どころか、必須事項なんて……ピュレは殺してるんだよな。でも赤ん坊の頃らしいしノーカンってことで……)

 全くノーカンではないし、魔王時代に行っていたコロシアムの処刑で何人――場合によっては何十人も殺したかもしれない。実際に殺したのが囚人だとしても、仕向けたのは彼女なわけだが。

(……ノーカンだな)

 とりあえず保留にすることにして、アルスに目を向ける。

「ゴブリンはどうなんだ? 囚人ってーより、職員みたいな感じだったよな」

「俺達は妖精だから、魔人の法則とか関係ないっすし、誰も殺していなくても捕まらないっす。殺していても、魔王に憎しみを持つこともないっす。むしろ、ピュレ様には感謝してるんすよ。俺達を雇って、お給金をくれてたんすから」

 その時、ホールの内扉が開いた。渡と元囚人二人はぎょっとしたが、アルスとピュレは平然としている。入ってきたのは殺気だった魔人達ではなく、布一枚に穴を開けて作ったワンピースを着たゴブリンだった。

「ピュレ様、お茶を持ってまいりました」

「ありがと、アリス」

 アリスと呼ばれたメスゴブリンは、テーブルに全員分の茶を置くとホールを出て行った。

「妖精が殺しをしないのは気にならないのよね……」

「いつも妻の世話をしてくれてありがとうっす」

「「「つ、妻!?」」」

「世話をしてもらってるのはこっちよ」

 渡だけではなく、フレディと五里倉も驚いている。その間に、アルスは説明してくれた。

 コロシアムだけではなく、ゴブリン達は魔王城の小間使いとしても働いている。彼女に雇われるまでゴブリンは仕事もなく、金銭が無ければ盗むしかなく、盗賊をしたり、そうでなければ餓死したりとひどい生活をしていたらしい。

「へ、へえ……」

 アルスが結婚していたという衝撃が冷めずに「へ」をどもらせてしまったが、話の後半は渡のイメージの中のゴブリン像とほぼ同じだった。その時――

「おい、な、何の音だ!?」

「ど、どこからっすか!?」

 スマートフォンから着メロが聞こえてきた。慌てる皆の中で、渡も動揺しながらスマホを取り出す。

「何でだ? だって、世界が……」

 世界が違うのに、電波が通じる筈がない。だが、画面の電波表示は正常に三本立っていた。

「圏外、じゃない……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る