第8話 基準の違い

「ちょっと! 何を遊んでんのよ、こっち!」

 速度は調節できたものの、操るのはまだ難しい。荒ぶるバイクに振り回されていると、ピュレがやっと口を開いた。四苦八苦しながら彼女の後に続いて見えてきたのは、灰色の湖の中に在る、巨大な城だった。暗雲に覆われていて建物の一部しか見えなかったが、壁が黒く、塔がたくさんあるのが見て取れる。

 暗雲の中に飛び込んだピュレに続いて中に入ると、黒い城が一気に眼前に広がった。荘厳という言葉がこれほど当てはまる建物を目にしたのは初めてだ。知球の海外にある世界遺産等はこれ以上なのかもしれないが、残念ながら渡は海外に行ったことがないので判らない。

 ピュレは城の二階(と思われる。何せ一階分の天井の高さの想像がつかない)にあるバルコニーに降りると、ガラス製の両開きの扉にぴったりと手のひらを当てた。直後、扉が開いていく。指紋認証式か顔認証式か魔力認証式かは分からないが鍵を必要としないというのは便利だ。失くす心配がない。

 バルコニーから中に入ると、広いホールが広がっていた。兜や甲冑を着込んだ像が壁際にずらっと並んでいる。全員が乗り物から降り、ホールに静寂が広がる。

「ここまで来たらもう大丈夫よ……。……もう、あんた、何てことしてくれたのよ! ちゃんと責任取ってよね!」

「は……は? せ、責任?」

 渡は花嫁衣裳を着たピュレが自分にくっついている様子を想像する。きっと『妹が云々』とか『中学生の嫁できました』とか、そういったアニメや小説の影響だろう。

「きゃあ!」

 そこで、眼前のピュレがウェディング姿に変身した。赤ビキニアーマーが音を立てて落ちたから、早着替えと言った方が正確かもしれない。

「う、うお!」

 五里倉がピュレとビキニアーマーに忙しく目を遣る。驚いているというより、ドレス姿に目を奪われているという感じだ。相手が十代前半くらいの少女でも、凹凸がなくても、異性ではあるのだから見惚れても仕方がないだろう。多分。

 実際、今のピュレはかなり可愛い。

「あ、あんた、何考えたのよ!」

「え? い、いやあ……」

 口が裂けても言えない。

 そこで、フレディが溜息を吐いた。

「……はぁ。責任というのは、これから世界中の者達に狙われるであろうピュレ様を守れということでしょう?」

 フレディが溜息を吐きつつ言うと、ピュレはまだ恥ずかしそうにしながら答える。

「そ、そうよ!」

「記憶喪失なら仕方ないかもしれませんが、魔王様はコロシアムに来る前、自らに力があることをご自覚の上でピュレ様に接触しようとなさらなかったのではありませんか? その具現化能力があれば、この城への侵入も容易だった筈です。……いえ、あえて能力も使っていなかったのでしょう。そうじゃないと辻褄が合わない」

「後半の意味がよく分かんねーけど……以前の俺は、魔王に成りたくなくてこいつに近付かなかったってことか?」

 大層な推理だが、そんな事実は一切ない。

「元魔王になった時に世界中に狙われるのが嫌で?」

「それは分かりやせんが……何にしろ、その娘の今後は魔王様次第っすよ。生かすも殺すも放り出すも……必ずしも責任を取る必要は、ひぃ!?」

 ピュレに睨まれたアルスは渡の後ろに隠れてしまった。

「状況がさっぱりなんだが……要するに、今はこいつが追われてたってことだよな。何で元魔王は狙われるんだ?」

 ピュレが俯き、フレディが苦笑いを浮かべる。

「ほぼ全ての魔人から恨みを買っているからです。……ですが、恨まれない術はありませんからね。誰からも」

「おい、話を進める前に説明! 記憶喪失に説明しろ!」

 全く、記憶喪失とは便利なものだ。全員の目が渡に向く。真剣な表情で口を開いたのはピュレだった。

「……あんた、大なり小なり皆が持っている具現化能力が何を糧にしてると思う?」

「糧?」

「何もない所から物質を顕現するってことはね、何かを材料にするってことなの」

「材料……」

 モノを作るにはそれに適した材料が要る――当然のことだ。

(例えば銃を作るのに、この世界のどこかから金属を拝借してるとかそういうことか? でも、あのバリアーは説明できないな……。いや、ここは魔王の存在する異世界だ。もしかして……)

 そこまで考えて、渡は血の気が引いていくのを感じた。

「まさか、誰かの命……とか?」

「違うわよ」

「違います」

「違うぜ」

「違うっすよ」

「何だ……違うのか……」

 安堵と共に、拍子抜けした。その場に胡坐をかいて座ると、残り四人も銘々に座った。

「でも、似たようなものかもね」

 ピュレが声を低くして言う。コロシアムでは魔王を殺したことを武勇伝のように語っていた印象があったが、死の重みへの認識はあるのかもしれない。

「何かを具現化する時に遣うモノは、魔人からの『好感度』よ。具現化するものが強力な程に失われる『好感度』も多く、具体的な理由は何もないままに恨まれ、憎まれるわ。ただし、魔王でいるうちは危害を加えられることはないの」

「こ……『好感度』? そんな曖昧なもんが……」

「恐ろしいことよ。『好感度』を吸われた方は、自分の主義主張に関わらず『具現化能力を使った者』が憎くなる。誰かに操られているみたいじゃない。こっちとしては、魔人の意志の一部を殺すようなもんね」

「……だとしたら、なんでこいつらは平気なんだ? 襲いかからないのはおかしいだろ」

 ゴリラとイケメンとゴブリン紫腰布を見遣る。三人は、我慢して元魔王を攻撃していない、というようにも見えない。

 元魔王は、当然という顔をした。

「だって、彼等は犯罪者だもの」

「犯罪者だから……何?」

「犯罪者は『好感度』を取られねえ。魔人殺しをしてないオラ達は、魔人と認められねえ存在だかんな」

「……………………」

 ――何だって?

 今、五里倉は何と言った?

 魔人殺しをしていないと、『犯罪者』?

 ということは、魔人殺しをしていれば全うな魔人ということで。

 魔人殺しというのは、単純に知球の用語を使えば――

『殺人』だ。

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