第十二話 古塔街①
屋敷を出発し、いつの時代に敷かれたかも分からない石道を歩くことおよそ一刻。
スクートとリーシュは里の中央である「古塔街」へと足を運んでいた。
巨大な一本の樹を中心に建物が連なり、円形の街を形成しているさまは、スクートに童話か伝承の世界にでも迷い込んだかと思わせるほどであった。
リーシュはひとつひとつ事細かにスクートに説明してみせた。
ミスティアの心臓部である古塔街には、里のすべてが集まる。人口の八割、食糧から生活必需品の類い。魔法の研究や実験に必要な、スクートには縁のない品々もそこには含まれていた。
ミスティアを一つの国家とみなせば、古塔街は首都の役割をになっているといえよう。
古塔街という名称は、里の中央にそびえたつ大樹より由来している。
それならば古樹街とでも言ったほうが無難だろうとスクートは思うが、なんでも大樹の内部には一本の朽ちた塔が存在しているという。
なんでも、幾星霜の時を経て芽生えた新芽が塔を飲み込み、いまのような姿になったらしい。
古塔街という呼び名は、はるか昔より自分たちがここに住んでいたということを示す、ある種の伝統のようなものだという。
そしてその大樹は、アロフォーニアと呼ばれている。
その名に込められた意味は、ミスティアの祖。はるか昔にこの地を起こした偉大なる魔法使いになぞらえているという。
大樹アロフォーニアには、長きに渡り蓄えられた膨大な知識が詰まっている。
あらゆる魔法の術、他愛もない生活の知恵から歴史に至るまで、それぞれの魔導の一門が秘蔵する術以外の全てがここにあるといってもよい。
ミスティアの住民ならば誰であっても、いつ何時であろうともそこで知識の探求が許されている。
巨人の両腕のごときアロフォーニアの扉は、来る者を拒むことを知らないのだ。
そしてアロフォーニアは
ミスティアの政治制度は簡潔かつ厳格だ。
十年単位を区切りとし、もっともミスティアに貢献した一門に次の十年を管理させるというものであり、求められる素質は血統や家柄、才能、一門の規模……それら全てが反映される。
だがどうやら、例外も存在するようだ。
「クロスフォード家はミスティアが始まって以来、ずっと六炎守と呼ばれている。これはミスティアにおいて上から二番目の格式ね。一番上の七炎守ともなれば、あのアロフォーニアの内部に別邸を設けることさえ許される」
リーシュは遠目に映る大樹を指差した。
「大樹アロフォーニアは、ただの大きな木ではないわ。その枝で作られた杖は、熱くも冷たくもない
「それは本当に火なのか?」
リーシュは思わず目を丸くした。特に何も考えずに口から飛び出た言葉が、意外にも鋭い返しになったようだ。
「いい問いね、スクート。でもさっきも言った通り、橙色の火はこれまで誰も謎の核心に迫ることはできなかった。だからあくまでわたしの考えだけど、おそらく違うわ。見た目は炎のようで、その実態は――――」
すっかりリーシュは話に熱が入ってしまったようで、スクートの思考を置いて知識の泉を泳ぎだしてしまった。
スクートがどう反応していいか悩んでいるうちに、幸いにもリーシュは我に返ったようだ。
「こほん。……先人は触れることさえもできない未知を、権威や名声に結びつけた。アロフォーニアの枝より作られた杖は燭台と呼ばれ、それぞれの炎守に管理を任せられるの。杖の先端はいくつかの火を灯せる構造になっていて、一門の格式によって数は上下する。六炎守のクロスフォードなら六の火を灯せる燭台が、七炎守なら七つの火を灯せるようにね」
そして七つの炎守はミスティアの統治の中枢をなす。
ミスティアに王という存在が誕生したことは一度もない。
もし狭き世界に独裁的で貪欲な王が誕生すれば、ミスティアから外界へと踏み出そうとする愚かな考えに至るかもしれない。
権力の集中と腐敗を懸念され、力を分散させて互いが互いを監視するようないまのような政治機構が生まれたのだという。
「ミスティアも狭いとはいえ人間が作り出した社会、どこかで聞いたことのある統治方法をとっている。だが、それならばクロスフォードがずっと六炎守とやらに留まっているのはいささか妙だな」
いかに優れた血筋であろうと、栄えることもあれば陰ることもある。
魔法による実力主義が重視されるミスティアにおいて、それはより
リーシュほどの才覚があれば、それこそ七炎守になっていてもおかしくないはずだ。
そんなスクートの疑念を聞いたリーシュは、感心したように笑みをこぼした。
「人の多いこの場所では、あまり大きな声では言えないけど……クロスフォード家は言わば抑止力のようなもの。人の過ちは、必ずしも統治で解決できるとは限らない。残念なことに、時には力も必要とされる。里の人間をこの霧の中に縛り付ける鎖……それが、わたし達クロスフォード家に課せられた使命のひとつ」
「……残酷な使命だな」
抑止力である力が狂い、全てを失うというのは往々にしてある話である。
だがクロスフォード家は代々、太陽の光に焼かれる白肌という呪いを持って産まれてくる。
霧の中でしか生きられぬ彼女たちは、こうして絶対に狂わぬ……いや、狂えぬ力となっているのだろう。
これを残酷と言わず、なんと呼ぼうか。
だがそんな有無を言わさぬ定められた運命によって、
「もっとも、そんな使命なんて投げ捨てて、外界に飛び出すというのも面白そうだけどね」
冗談か本心か、あるいは両方の意味合いを含んだ笑みをリーシュはこぼした。
一度でもそのような真似をすれば、ミスティアは瞬く間に滅びる。
かつて正教国の騎士であったスクートに言わせれば、未だに魔女の隠れ里が存在するということが奇跡なのである。
「やめておいたほうがいい。霧の向こう側にはおれよりも強い戦士がいる。魔法の存在を憎んでやまない、そんな連中も大勢な」
「スクートよりも強い戦士が? にわかに信じがたい話ね」
「知った顔だけでも片手の指には収まらない。知らない奴を含めれば何人いるか想像がつかないな」
「世界は思ったよりも広いのかもしれないわね。吸う息もさぞ美味しそう」
それにくらべて――――。そうとでも言いたげな顔で、リーシュは周囲を見渡した。
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