其の百二十二 夢夜、無尽に流れ


 「――えっ……?」

 「――はっ……?」

 「――きゃっ……?」



 ――三者三様の困惑が、僕の耳に届く。


 真っ暗闇で、がらんどうになった『教室』という歪な空間は、もう存在『すら』していない。烏丸の憎悪によって、僕たちを閉じ込めていた『学校』という名前の牢獄は、忽然と姿を消していた。


 学生服を纏った三人の高校生と、ゴシックドレスを纏った一人の女子高生が、夜空に浮かんでいる。

 何が起こったのかを理解しているのは……、『僕だけ』。何故なら――



 僕こそが、世紀のマジックショーの仕掛け人。


 

 『学校』という巨大な建造物は、

 僕の『青眼』の力で、一瞬にして『腐り』、

 ちり一つ残らぬよう、溶けてしまっていた。



 僕はふぅっ、と短く息を吐くと、風に乗るように、夢の空を泳ぎ渡るピーターパンのように……、僕のすぐ近く、空の上で無防備に身体を漂わせている如月さんの元へと急いだ。


 ――ガシッ……


 

 僕が如月さんの手を力強くつかむと、彼女はギョッと眼を丸くし、ゴシック体の太いフォント文字で、「コレはどういうことかしら」と書きなぐられた顔で、僕の眼をまじまじと見つめた。


 僕は小さく、遠慮がちに微笑んだあと、僕たちのすぐ下――、今にも意識を失いそうな顔で、ポカンと口を開けている不知火さんに目を向けた、僕は、如月さんの手を掴んだまま、再び風に乗って……、不知火さんの元へ、急降下した。


 夜空を滑空しながら、僕は、もう片方の手で不知火さんの手を掴もうとして……、



 ――果たして、『失敗』。

 ……行き過ぎてしまった。


 ――ピタっと、身体を止め、今度は僕たちの上方で、背中から静かに落下している不知火さんに向かって、僕は再び手を伸ばしたが――


 ――ガシッ……



 僕の代わりに彼女の手を取ったのは、『如月さん』で……、

 彼女は、空中をユラユラ漂いながら、能面のような無表情をちょっとだけ崩して、得意げに、僕に微笑みかけた。



 ――最後の一人。


 僕たちの、5メーターくらい先で、ボーッと、虚ろな表情で、すべてを委ねるように……、深淵の空に浮かぶ『親友』に、僕は眼を向ける。


 ――グンッ……


 

 二人の少女を連れて、空中遊泳を続ける。


 僕は、自分の右手を身体の前にいっぱいに突き出しながら、グングン、勢いを付けて、空の波に乗り――


 あと、4メーター……、

 3メーター……、

 2メーター……、

 1メーター……、



 「――烏丸ッ……!」



 ありったけの声で、僕はその名前を呼んだ。

 

 ソイツは……、『烏丸』は……、

 ちょっとだけ驚いたような、とてつもなく呆れているような、でも……、


 少しだけ嬉しそうな顔で、僕のことを一瞥した。


 ――ガシッ……



 僕の掌が、烏丸の腕を掴み、

 僕たちの四人の身体は、一本の線で繋がった。



 ……あとは、このままゆっくりと、地上に、降りる『だけ』――

 ――そう、思っていた。







 ――果たして、『油断』。

 

 突如、姿を現した『安寧』が僕の心に巣食い、

 僕は、全身から『絶望』が抜け落ちるのを感じた。



 ――えっ……?







 ――果たして、『時間切れ』。


 僕たちの身体に纏っていた柔らかい風は鳴りを潜め……、

 代わりに襲ってきたのは、『重力』。


 ――グンッ……



 「……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 一本の線となった僕たちの身体は、

 深淵の夜空で、そのまま、地上に向かって……、


 一直線に、シンプルな『落下』を始める。



 ――や、ヤバイ……、最後の、最後で……




 焦燥が頭を巡り、急展開を見せる目の前の風景にたじろぎ、――しかして、抗うこともできず、ただ、世の中の物理法則に身を任せている、僕の耳を……




 「……大丈夫――」




 暖かい日の午後、ふと、差し込んだ日差しのように、

 優しいトーンの声が、ふわりと包む。


 精いっぱいの力で首を動かし、声がする方に、顔を向けた。




 決して、『絶望』なんてすることなく、

 最後の最後まで、『運命』に抗い続ける、

 強く、優しい、『騎士』の姿――


 『如月さん』の顔が、そこにあった。




 「――緑眼の……、いえ、『私の使命』にかけて、『あなた達』のことは、全力で守るわ――」



 ――その言葉が聞こえたのを最後に、僕の身体は、『高い所からの急降下』という、シンプルな身体変化に耐えることが出来ず、



 あっさりと、気を失って…………、



 しまっ……、



 …、




 ――



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