其の九十七 『Lento』


 ヒンヤリと、冷たい地面の感触が、私の全身から体温を奪う。

 ――指を、動かしてみる。ぴくっ、とわずかに震える程度で、自分の思い通りに、『動かすことができない』。

 

 地面に情けなく横たわった私……、『如月 千草』の眼に映るのは――


 地面にペタッ、とへたりこみながら、何かを怖がるようにじりじり後ずさりしている神代君と――


 ……あれは、本当に……、『水無月君』なのかしら?



 ――禍々しい『青のオーラ』を全身から放っているような、この世のすべてを地の底に突き落としそうな――


 ……『絶望』を、具現化したような『振る舞い』で、ユラユラと、十三階段を上がる死刑囚みたいな足取りで、水無月君が神代君に近づいていく。



 ――ピッシャァァァァァァァンッ!!


 轟音と共に、眩い稲光が深淵の闇を貫く。

 グラウンドの奥にそびえ立っていた一本の老木に向かって……、比喩でもなんでもなく『雷』が直下し、無惨にも黒ずみと化した老木から、メラメラと終焉を謡うような炎が立ちのぼった。



 「――『電気』……、好きなんでしょ? 神代……、雷でも、『プレゼント』……、してあげようか……?」


 「……ヒッ!! ……や、やめろ……、僕に、近づくなぁぁぁぁぁぁっ!!」


 神代君の金切り声が、深淵の闇に空しく吸い込まれる。

 水無月君の声は、深く低く……、まるで、地の底から鳴り響いているみたいに、私の耳の中を真っ黒に塗りつぶしていく――


 ……どう……、なってしまうのかしら、私も、神代君も……、『水無月君』も――


 無気力にただ横たわっている私の頭の中で、ボーッと、そんな疑問がわきあがる。

 ――このままではいけないことはわかっていても、身体が、頭が、心が――


 『緩慢かんまん』としてしまって、なんだか、何をする気にもなれない。



 ――ドロドロドロドロドロ……


 神代君の地面の周囲が、どす黒く『溶け始める』。

 思わず顔をしかめたくなるような『腐臭』が周囲に立ち込め、シュワシュワと気味の悪い蒸気が神代君の周りに立ち上り始めた。



 「……なッ!!」



 後ずさること『すら』封じられた神代君が、どうすることもできずに、真っ赤な『赤眼』をただただキョロキョロと動かしている。



 「……サヨナラ、神代…………、君に特別な恨みがあったわけじゃないけど……、『僕の如月さん』を傷つけたんだから……、その代償は、キッチリと払って欲しい――」


 ――ジワジワジワジワ、じわじわじわじわ……


 神代君を囲う腐食の地面が、ゆったりと……、波打ち際の浜辺のように――、彼の身体を『浸食』していく。恐怖という感覚が超越してしまったのか、フッと、すべてを諦めたような、『虚無』の表情を浮かべる神代君が――

 深淵の夜空に、顔を向ける。


 「――ハハッ……、ハハハハハハハハハハハハハハァァッ!!!」



 ――ジワジワジワジワ、神代君の足が『溶け始める』。

 狂気に満ちた高笑いが深淵の闇をつんざき、こだまとなって灰色の街に響く。


 「――ようやく、正体を現したなぁ!! ……厄災をこの世に振りまく『だけ』が取り柄の……、無能で、無用な、にっくき『青眼族』ッッ――、……さすがだよ! 『水無月葵』……、さすが――」


 ――ズブズブズブズブ、神代君の身体が溶けていく。

 半狂乱になった彼は、白い歯をニカリと見せつけ、餓鬼のように、笑う――


 「――『白狐村の大災害』……、たった一人で、『一つの村』を壊滅させただけのことはあるねぇ…………?」



 ボウッと、緩慢に、マトモな思考が働くなっていた私の心臓が……


 ――ゴトリと、動く――




 ……ダメ、水無月君が、それを『知って』は、……いけないッ――



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