其の八十九 思考の中断は、戦線離脱とイコールで繋がる。気づかない内に敗北を言い渡されているので、気を付けた方がいい


 ――ザワザワザワザワ、ざわざわざわざわ――



 ふと、屋上に吹いた、気まぐれな秋のそよ風が、

 何十もの『鉄の鉛』を胃の中に押し込められ、ズシリと、四次元で灰色の地面に重々しく縛り付けられた僕の身体を……、


 力なく、『撫でる』。




 ――考えろ考えろ考えろ考えろカンガエロ――


 ……思考を…………、止めるな、水無月、葵……ッ――



 ――私のパパは、『赤眼に殺されました』

   さて、『私のパパは青眼』でしょうか?――


 ――私のママは、『赤眼に恋をしました』

   さて、『私のママは赤眼』でしょうか?――


 ――私、『御子柴 菫』は、『赤眼』でしょうか?――




 だらしなく片足に体重を預けながら、

 ツマラナソウに両腕を頭の後ろで組みながら、


 『御子柴 菫』が、モノ欲しそうにお菓子を眺める子供のように……、

 ――『ギョロリ』と、その『眼』を、僕に向ける。


 …


 …


 ……コイツは……、『御子柴 菫』は……。

 ――今まで、いつなんどきも、僕のことを『ニヤニヤ』と気味の悪い笑顔で眺めながら……、


 ひたすらに、『面白がっていた』。



 『画一化』されたクラスという歪な空間に、ドボンッ、と、真っ裸で飛び込み、ポカンと、アホ面を晒して列を為している『クラスメート』たちにむかって、両手に構えた水鉄砲を、無邪気に『乱射』する。


 アハハと、狂ったように笑いながら、

 アハハと、何かを忘れるように笑いながら。


 


 ――果たして、『彼女』が最も恐れることは、この場が……、世界が……、『御子柴自身』が……、『興を失い』、『シラけてしまう』こと。


 ――果たして、『彼女』が求めるモノは…………、




 「――『バツ』だ」



 ――クソみたいにつまらない『この世界』を、

 『ベルトコンベヤー』にみたいにお行儀よく進行する『この世界』を……、


 『ブッ壊してくれる』、『ナニカ』。







 ――ザワザワザワザワ、ざわざわざわざわ――



 ふと、屋上に吹いた、気まぐれな秋のそよ風と、

 『声』を解き放ったことで、空洞を埋めるように広がった、僕の胸のざわつきを……、


 ――かき消すような高らかな『不協和音』が、晴天の空を、グニャリと歪ませる――



 「……ッ~~~~、……キャハ……、キャハハハハハハハハハハハッ!!」



 ――果たして、『御子柴 菫』が、『爆笑』している。


 その身をグネグネとよじらせ、

 涙を目にいっぱいためながら、

 『この世の全ての因果』を、『一切無視したような』、『無防備な表情』で――



 僕は、壊れてしまった『モノを言う人形』が、不規則なAI制御でクルクルと舞い散らかしている様を、ただ、見つめている。……一切の理解が及ばない、およそ想像の範疇から逸脱している『奇怪』への対応の仕方を、僕は、知らない。

 ――ただただ、『平常が訪れますように』と、時が解決してくれるのを、待つだけ。




 「……キャハっ……、ハァッ、ハァッ…………」




 ――『狂気』に終焉が訪れ、御子柴がゼェゼェと肩で息をしている。しばらく息を整えたのち、スッとその身を起こし、カラカラに晴れ渡った空に顔を向け始めた。……僕に、『その背を向けたまま』。



 「……いやぁ~~、オ・ミ・ゴ・ト……、『全問正解』だよ……、水無月君……、キミ、高校生クイズ出た方がいいんじゃない……? 今からでも遅くないからクイズ研入りなよ…………」



 ヌメリと言い放った、御子柴の湿っぽいトーンの声が、

 僕の耳にジメジメと塗り込まれる。




 ――ザワッ……。



 ……えっ?――




 直感的に感じた、ある、『違和感』。


 ――果たして、鳥居先生が、体育教官室でそのメガネを外した時、

 ――果たして、不知火さんが、学校の屋上でその眼をスッと見開いた時――



 『御子柴 菫』が、『御子柴 菫』で、なくなる。

 ……正確に言うと、彼女は僕の目の前に居る『まま』なんだけど、

 『同一人物とは思えない』ほど、その雰囲気が、ガラリと……、『変わる』。



 ――くるっと、御子柴が振り返る。

 猫みたいに大きな瞳を、キョロりと、僕に向けながら――



 「……ッ!!」



 僕の人生において、何度目かの対面となる、

 ……『異形』との、『邂逅』。



 「……約束だよ…………、水無月君が知りたくて知りたくて知りたくてしょうがないこと…………、全部、教えてあげるよ……」



 ――僕の眼に映る風景、


 凍ったようにツメタイ笑顔を浮かべている『御子柴 菫』が、

 だらしなく口を開き、ぶっきらぼうに、言いやる。



 ――妖しく煌めく『紫色』の両眼で、僕のことを、ジッと見つめながら――



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