其の八十八 低俗なバラエティ番組というけれど、高尚なバラエティ番組ってなんなのだろうか
――カラカラと、晴天の空が僕たちを見下ろす。
――四次元に広がる灰色の床が、僕らの足元を曖昧に支える。
――僕の目の前にいる『御子柴 菫』が、糸で操られているマリオネット人形みたいに、くくっと顔を上げて、空を見上げる。
「……ただ単に『教える』……、ってだけじゃ、どうにも『芸が無い』よねぇ……」
掌まで覆われたセーターの袖を、ブカブカと口元にあてながら、カチコチとメトロノームみたいに首を動かしながら、御子柴が上目遣いでウンウンと唸る。
滑稽なようで、滑稽な『振り』のようなその仕草を、長い長いただ気だるいだけのその時間を、耐えがたく、刑期をやり過ごす死刑囚のように、僕はただただ『ただ』眺める。
――ポムッ、と音も無く、『袖で覆われた掌』を、『袖で覆われた拳』で叩いた御子柴が、最大級にわざとらしい表情で、あっけらかんと声を出す。
「……『クイズ』、やろうか。全部で『三問』。……『マル』か『バツ』かを答えればいい『だけ』の…………、『超』『超』『超』『超』、カ・ン・タ・ン、な……、ね――」
袖で覆われた掌を口元にあてながら、
猫のように背中を丸めた御子柴が、
クスクスクスクス、『一人で』に、笑う――
「――そいで、見事ゼンモンセイカイしたあかつきには……」
――笑って、その後、ストンと、口角を、下げる。
丸い丸い、猫みたいなその瞳を、スッと、『細める』。
「……『教えてあげる』よ……、君が、今一番、知りたくて知りたくて知りたくて、しょうがないコト……」
――ザワッ……――
僕の身体を突き抜けて、
生ぬるい風が心臓を撫でつける。
全身から、どろっと膿が噴き出るような感覚に襲われた僕は、
それらをせき止めるように、ゴクリと生唾を呑む。
「……望む、ところだよ」
ポツンと垂れた一筋の水滴を頼りに、
喉からなんとか声を届けた僕の口元が、
ワナワナと、震えている。
剥げ落ちかけた『鉄面皮』をなんとか拾い上げようとする僕の事を、
クスッ、と、邪気たっぷりの無邪気な表情で眺めながら――
「――『第一問』」
淡々と、国語の教科書を音読するみたいに、
『御子柴 菫』が、『低俗なバラエティ番組』の、台本を読み上げる――
「……私のパパは、『赤眼に殺されました』。……さて、『私のパパは青眼』でしょうか?」
……はっ――?
僕が拾い上げようとした鉄面皮を、
無慈悲に、無機質に、なんでもないように――
『御子柴 菫』が、靴の底で『踏み割る』。
……赤眼……? ……青眼……? …………ころ、されたって――
――コイツ、『何を言い出す』んだ……?
紺のスカートが、そよそよと風になびいてそよぐ。
ピエロみたいな顔で笑う御子柴の表情が――
果たして、『時間が止まってしまった』かのように、『動かない』。
刻の牢獄に閉じ込められた僕の頭の中で、
グルグルグルグル渦巻く……
――混迷、疑惑、狼狽、焦燥――
カラカラと晴れ渡る晴天の空が、
僕の身体がカラカラの干上がるのを、ただ、待つ――
――考えろ……。
……
――考えろ考えろ考えろ考えろカンガエロ――
……思考を…………、止めるな、水無月、葵……ッ――
僕の、命を懸けた『色眼戦争』において、
頼りになりすぎる、唯一の『協力者』――
『如月 千草』は、ココには居ない。
少なくとも、今のこの状況……、僕の手には到底負えないであろう格上の相手……、『爆弾娘』との『心理戦』を、僕は、たった一人で臨まなければならない。
……たぶんだけど、僕は、今回の『色眼ノ使命』を巡る、すっとんきょうで、奇怪極まりない一連の珍騒動において……、
少なからず、『自分自身』で動いて、
最低限、『自分自身』で考えて……、
最終的には、『自分自身』で……、何か、『答えを出す』必要がある、……のかもしれない。
そうしないと、遅かれ早かれ、僕は、僕の人生を歩み続ける道程の渦中で……
いつの日かあっさりと、『青眼』に呑まれる――
そんな、気がしていた。
「――『バツ』だ」
絞り出すように、僕は声をあげる。
――根拠は、あんまりない。
……『赤眼の使命は、青眼を殺すこと』……、フツウに考えたら、『不思議ちゃんクイズ第一問』の答えは『マル』……、無惨にも父親を赤眼に殺されてしまった御子柴は、僕の仲間……、『青眼一族』の一人……、ってことになる。
ただ、直感的に、『ソレ』は違うかなって思った。
――少なくとも、『御子柴 菫』が、
『普通に考えたら辿り着く答え』を、
バカ正直に、ゴールに設定する『ワケがない』。
――果たして、『逆張り』。
クイズ番組の回答としてはご法度、出題者の心理を読むという裏技を以てして……、
僕は、『御子柴 菫』があつらえた『迷宮』を、その『場外』から回り込む作戦に出た。
『時間が止まってしまった』かのように、
ピエロのような笑顔で固まっていた御子柴の顔の『口角』が、
――スッと、ほんのわずかに、ニマリと『上がる』。
「……『ピンポーン』……、『正解』だよ、水無月君……、やるじゃん、『ホレナオシチャウ』カモ……?」
くねっ、とイビツに身体を歪ませた御子柴の表情が、
スッ、と急速に、能面のように、その色を、失う。
「――さっさと次いこうか、『第二問』、……私のママは、『赤眼に恋をしました』。 ……さて、『私のママは赤眼』でしょうか?」
…
…
……さっきから、『何なんだこのクイズ』……?
――第一問の答えで、御子柴の父親が『青眼』ではないという事実が明らかになった。
――つまり、御子柴の父親は『赤眼』か『緑眼』、もしくはそのどちらでもないフツウの人間……、『黒眼』ということになる。
――順当に考えると、御子柴の父親は『赤眼』、御子柴の父親に恋をした御子柴の母親も『赤眼』、……で、生まれた『御子柴 菫』も『赤眼』ってことになるけど――
…
…
――なんか、彼女の『振る舞い』が……、『赤眼』っぽくない感じがするの――
湯水のごとく、金だらいのごとく、
降って沸いてでてきた『ド天然娘の天啓』に、
僕は、導かれるまま、声を出す。
「……『バツ』」
――ザワザワザワザワ、ざわざわざわざわ――
ふと、屋上に吹いた、気まぐれな秋のそよ風と、
『声』を解き放ったことで、空洞を埋めるように広がった、僕の胸のざわつきが、
――混ざり合わさった音色のように、まどろみ、『リンク』する――
「…………『第三問』」
――果たして、御子柴は、『答えない』。
物語の終盤、推理小説の一ページがイタズラに切り取られ、
探偵が犯人の名を告げるクライマックスシーンは、読者の想像に委ねられた。
……沈黙を以てして、『正解』を僕に告げたのか、
……沈黙を以てして、『不正解』を僕に告げたのか、
――『低俗なバラエティ番組』の司会者が、視聴者を置いてけぼりにしたまま、勝手気ままに、高らかに台本を読み上げる。
イビツにくねらせた身体をユラリと動かし、だらしなく片足に体重を預けながら、ツマラナソウに両腕を頭の後ろで組みながら、
あっけらかんと、『言葉を放る』。
「――私、『御子柴 菫』は、『赤眼』でしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます