其の八十七 VS・萌え袖、最終決戦
――バタンッ……!――
……と、錆付いた鉄の扉を開け放った僕は、
ハァハァと肩で息をしながら、
ガクガクになった足でヨロヨロと歩を進めながら、
――キョロキョロと、辺りを見渡す。
カラカラに晴れ渡った青空と、無機質に広がる灰色のコンクリートの地面が、無言で、僕の事を、ただ歓迎する。
……がらんどうに空っぽな『学校の屋上』で、バカみたいに突っ立っている僕が、心の中で、ごちるようにつぶやく。
……誰も、いないな……。
――僕の、『眼』に映る範囲では――
僕はくるっと後ろを振り向き、 四角い小さな建物――、『塔屋』に目を向け……、
ユラユラと、はかなげに揺らぐ白い煙と、
硝煙のような焦げ臭いにおいを、
『眼』と『鼻』で、感じた。
しばらく逡巡した僕だったが、意を決したように『塔屋』に向かって歩みを進め、コンクリの壁に設置してある錆付いた『鉄はしご』に手をかけ、カンカンッ……、と、静かに、遠慮がちに、物憂げな残響音を響かせながら、『塔屋』のてっぺんを目指す。
――ひょいっ、と『塔屋』の上……、本当の意味での『学校の屋上』へ身を乗り出した僕の耳に、ぬるりと、『芝居じみた声』が、侵食する――
「……おや、誰かと思えば、水無月君じゃん……、やぁやぁ、私の『ヒミツキチ』に、ヨ・ウ・コ・ソ~~――」
だらりと、だらしなく寝っ転がっている『御子柴 菫』が、
やさぐれたように『寝タバコ』をフカしながら、
ニマリと、『力ない』笑みを浮かべながら、
こちらを、見やる――
「……」
――カンッ、 カンッ、 カンッ――
錆付いた鉄のはしごを『登り切った』僕は、タンッ、と『塔屋のテッペン』にその足を『落ち着け』、寝っ転がっている御子柴のことを、じぃーっ、と能面のような表情で、ただ見下ろした。
口をすぼめた御子柴が、ふぅぅーーっ、と、白い煙を口から一気に吐き出し、「よっこらせっ」と言いやりながら、その身をのそりとだるそうに起こし、地面に放ってあった『携帯灰皿』に手を伸ばす。
――パチンッ……。
と、硝煙の香りが、ビニール製の袋の中に閉じ込められる。
パンパンっと、紺のスカートについたヨゴレをはたき落とした御子柴が、
――ギョロりと、猫のように丸い黒眼を、こちらに向ける。
「……アレ、この時間っていつもなら、『朝のホームルーム』をやってるんじゃないカナ……? 優等生の水無月君が、こんな時間にこんなトコに来て、いいワケ~~?」
――果たして、ものすごく『不愉快』。
最大級にふてぶてしいトーンで、最上級に白々しい笑みを浮かべながら、
『御子柴 菫』が、ピエロのように笑う。
「――幾つか、聞きたいことがある」
何にもない虚空を見つめるような瞳で、一切の感情を排除したアンドロイドのような表情で、僕は、『御子柴 菫』という名の、『モノを言う人形』に声を浴びせる。
ごそごそと、ズボンの後ろポケットから一枚の『ノートの切れ端』を取り出し、自身の顔の横に掲げ上げた。……緩やかな風が、ピラピラと、『まるで無関係』な顔をして、無味乾燥な紙切れを撫でる。
「……『コレ』、さっき僕の下駄箱の中に入ってたんだ……、『昨日』も、『火曜日』も……、同じような『ノートの切れ端』が僕の下駄箱に入っていた」
――果たして、『御子柴 菫』は動かない。
そよそよと紺のスカートがそよぎ、ピエロのような表情をマネキンみたいに浮かべながら、御子柴が、猫のように丸い瞳を、ただ僕に向ける。
「……『コレ』入れたの、『君』だろ?」
ストレートに、
シンプルに、
至極、当たり前のように――
僕は、『御子柴 菫』に、一つの質問をぶつけた。
そよそよと紺のスカートがそよぎ、
ピエロのような笑顔で固まっていた御子柴の口角が、
――スッ、と、『下がる』。
「――『そうだよ』」
――果たして、『モノを言う人形』が、
糸で引っ張られたように口を動かし、
『モノを言った』。
「……えっ?」
色の無いアンドロイドのような皮膚で『凝り固められていた』僕の表情筋が、三十八度くらいの生ぬるいお湯で、ズブリと、溶きほだされる。
付け焼刃の鉄面皮を、ひょいっと、『のれんを上げる』かのように、無遠慮に覗き込む御子柴の、猫のように丸い二つの瞳が、
――スッ、と、細まる。
「……今日も、昨日も、火曜日も……、『ヒントのメモ』を、下駄箱にいれたのは、あたし」
――言いながら、クルッとバレリーナのように一回転した御子柴が、ピタっと、片足立ちで数秒静止したのち、スッと、『直立の姿勢』になおる。カクンッと、首のもげた和人形のように顔をナナメに傾けたのち、猫のように丸い瞳を、パチパチと二回瞬きさせた。
「――お役に、立った『カナ』……?」
――ザワザワザワザワ、ざわざわざわざわ――
嵐が起こる前に、生ぬるい風が木々を揺らすように、
曇天の空の上で、逃げるように走り去る灰色の雲のように、
『決して覗いてはいけない』と言われているふすまの向こうに、そっと目をやった幼子のように――
僕は、僕の心の中でせり上がった、一つの、たった一つの『シンプルな疑問』を……、
逆流した胃液を吐き出すみたいに、どろりと、『脳を通過することなく』、
ただ、吐き出す。
「……君は、……『何者だ』――?」
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