-第五幕-

其の八十三 四六時中スマホの画面を眺めている夫が、ついに妻の顔を思い出せなくなったらしい


 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……。


 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……。


 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……。


 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 …………。




 ――はぁ~~~~~~~~~っ…………



 ――眩い月が世界を強引に照らす、木曜日の夜。


 幾多の自動車が、無遠慮に行き交う大通り。

 やるせなく赤信号待ちをしている僕の心の中で、

 『盛大に』吐き出された、『タメ息』という名の『憂鬱』……。



 ――水無月君に『会いたい』って思ったの――



 ――果たして、人間の手によってつくられた『戦車』は、自らの破壊力を自覚しているわけではない。


 ……すなわち、


 『如月 千草』は、

 『ド天然』であるが故、

 『自身の発言による影響力』を、把握できていない。


 ……と、思う。



 彼女に、ボソリと別れの挨拶を告げた僕は、

 逃げるように踵を返し、逃げるように足を動かし、逃げるように……、彼女の視界から、『消えようとした』。


 ……正直、『嬉しい』というより、『動揺』の方が何百倍も勝っていた。

 跳ね上がった心臓の音が、未だにバクバクと、ハイテンポなビートを刻んでいる。


 

 ……彼女、マジで、一体、『何を考えている』んだろう……、って、いうか――



 僕は、彼女の言葉を、

 『シンプル』に、『そのままの意味で』、

 『受け止める事ができない自分自身』に対して――



 心底、嫌気が刺していた。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ――はぁ~~~~~~~~~っ…………



 『タメ息』に変換された『憂鬱』が、『負の感情』となって、肺の中にドス黒く渦巻く。

 

 

 ……あんな、『逃げるような態度』をとって、如月さん……、どう思っただろうな……、ああ、ヤバイ……、『マイナス思考』に、支配されそう……。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 『マイナス思考』をなんとか振り切ろうと、何かで気を紛らせようと、僕は大通りを挟んだ向こう側……、僕と同じく『赤信号待ち』をしている一組の親子に目をやった。



 ……若い『お母さん』と、『女の子』……、いくつくらいだろう、四、五才かな……。風船を手に持っている。近くでお祭りでもあったのだろうか……? いや、こんな季節にそんなわけないか……、お母さんの方は……、『スマホ』に夢中だ。……なんか、時代を感じるな……。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……あっ――、女の子の手から、『風船』が離れた。……あ~あ、あんなにピョンピョン跳ねるから……、まぁ、こどもって『好奇心の塊』みたいなものだから、しかたがないか……。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……女の子、悲しそうな顔してるな。未だにピョンピョン跳ねて、風船を追いかけようと必死だ。 ……いやいや君、鳥人間かジェットマンでもなければ、空中に飛んでいった風船を取り戻すことなんて無理だって……、って、子供に言っても無駄か……、って、これそもそも心の声じゃん、バカか、僕は……



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……あれ。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……女の子……、『車道』、出てないか……?



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……お母さんは……、相変わらず、スマホに夢中……、と……。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……


 ……えっ……。



 ――ぶぉぉぉぉぉぉぉん……




 ――これ……、『ヤバく』ないか?――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る