其の六十九 眼帯をしているからと言って、厨二病だと判断するのは早計だ。 …包帯を巻いていたらアウトだけど


 ――ざわざわざわざわ、ザワザワザワザワ…――


 『学園』という『ルーティンワーク』が始まる直前、朝の『教室』。

 溢れそうなエネルギーを隠しきれない『若人』達の熱が、『束縛』に抗う様に、『喧騒』となって空間に渦巻く。


 ……周りに溢れる熱気とは対照的に、僕の内心は得てして『覇気がない』。


 RPGゲームでやっとラスボスを倒したと思ったのに、実は裏の世界に真のボスが居る事実が判明する――、そんな気分だ。


 ……三人目の『赤眼』、本当に居るのだろうか……。何はともあれ、『如月さん』に相談しなくちゃ――


 …


 …


 ――あっ、コレもしかして……、『今日お昼を一緒に食べる理由』が出来た……?



 陰鬱な気分が、ちょっとだけ晴れた。




 「……あっ」


 ガサゴソと鞄をまさぐり、一限目の授業の支度をしている僕の喉から、

 ポツリと、声が漏れ出る。


 ……しまった、『ルーズリーフ』、切らしているじゃないか……、登校前にコンビニで買ってくるつもりだったんだ、すっかり忘れていた……。


 人生に『失敗』はつきものだ。起きてしまったものはしょうがない。

 起こしてしまった『失敗』をうまくカバーすることが、『成功者』になる秘訣だと聞いたことがある。……別に『成功者』になりたいわけじゃないけど。


 僕は、唯一の『友達』であり、『仲間』であるその男に助けを求めようと、

 くるりと、後ろを振り向く。



 「……なぁ、『烏丸』、今日『ルーズリーフ』切らしているの忘れていたんだ。……何枚か、恵んでくれないか……?」


 

 同じく、一限目の授業の準備をしていた烏丸が、チラッとこっちの方を見やりながら、飄々と口を開く。



 「ああ、いいよ。……俺も、こないだお前にもらったからな」


 「ありがと、恩に着るよ。……あれ……?」



 一枚のルーズリーフを手渡してきた烏丸にお礼を言いながら、

 『その顔』を見つめて、『ある異変』に気づく。



 「……烏丸、『眼』、……どうしたんだ?」



 烏丸の顔、

 幾多の海を股にかける海賊の如く、

 高額取りの凄腕暗殺者の如く、


 ――片眼に、『眼帯』がかけられていた。


 

 「……ああ、これか……」



 自分の事を聞かれているのにもかかわらず、

 烏丸は興味が無さそうにポリポリと頬をかいている。



 「……いやナニ、『ものもらい』が膿んじゃってさ……、ちょっと見られる感じじゃないんだわ、ハハ……」


 「……うへぇ、それは『悲惨』だな……、お大事に――」


 乾いた笑いを見せる烏丸に対して、僕はわざとらしく『同情』の色を顔に浮かべる。


 その眼を見つめながら、ふと、僕の頭の中に、

 無機質な『テキスト』が流れた。

 


 ――赤眼は、全部で、三人居るよ――


 …


 …


 …



 ――よもや……



 僕は、何かに導かれるように、

 ほとんど、無意識的に、

 ずずいと身を乗り出して、烏丸の顔に、『急接近』する。



 「……えっ? な、なんだよ……」



 僕の奇怪な行動に、思わずギョッと顔を硬直された烏丸が、警戒した表情で僕の事を見やる。僕はそんな烏丸の様子なんてお構いなしに、十センチほどの距離まで詰めたその顔……、その『片眼』を、じぃーーっと見つめる。


 塗りたくられたような『黒眼』の奥に潜んでいるのは――

 紛れもなく、『深淵』だった。



 ――ホッ、と心の中でタメ息を吐きながら、

 僕はその身をスッ、と引いた。



 「……お、おい、なんだったんだ。今の――」


 

 露骨に動揺している烏丸が、少しだけ身を引いた姿勢のまま硬直を続け、訝し気なトーンで僕に声をぶつける。



 「……いや、ゴメン……、なんでもないよ。……『烏丸』は、やっぱり『烏丸』だった。 ……良かった」



 そんな事を言いながら、一人神妙な顔をしている僕の事を見やりながら、烏丸の頭上には幾多もの『クエスチョンマーク』が舞っている。



 「……?? 『さっき』といい、今日のお前はワケわかんないな――」



 ――君子危うきに近寄らず。『ワケわかんない』と思ったところで、それ以上の追及はせずに自分の世界に還っていく……、それが『烏丸 京』という男だ。烏丸は果たして、興味の色を失った顔で、いそいそと一限目の授業の準備を再開させた。


 僕も自分の席に向き直り、烏丸からもらった『ルーズリーフ』を机の中にしまい、

 ――ちょっとした、『違和感』を覚える。



 ……あれ……、烏丸とは、『昨日』も、『一昨日』も、顔を合わせている『はず』だよな……」


 …


 …


 …



 ――烏丸の眼、『ものもらい』なんか、あったっけ?――



 …


 ……うーん、普段アイツの顔なんてまじまじと見ることなんてないから、イマイチ思い出せな――




 「――ナニ考えてるの? 朝から女子高生いっぱい見て興奮してるの?」


 「――っうっひゃあ!?」



 ――果たして、本日二度目の『素っ頓狂な声』。



 僕の目の前――、僕の席の机の上に両腕をつきながら両掌で頬を覆い、80年代のアイドルみたいなポーズでこっちを見つめる、猫みたいな二つの『眼』――


 ……爆弾娘、『御子柴 菫』が、

 ニヤニヤと愉快な笑顔を不愉快に浮かべていた。



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