其の六十六 夢の世界に、〇〇が落ちてくるわけがない


 ――すべてが『腐食』した世界で、

 ポツン、と寂しく対峙する、二人の役者。


 夢の世界を迷走する、無力で無知な男子高校生、『水無月 葵』と、

 夢の世界で、くるくると『不思議ちゃんダンス』を舞っている異形な女子高校生、『御子柴 菫』。



 僕は、僕が感じた『シンプルな疑問』を、

 御子柴にぶつけた。



 「……なぁ、御子柴……、ココは一体、『何なんだ』?」



 ――ピタっ、と、

 御子柴が不愉快な踊りを止める。

 

 僕の事をジー―ッと、大きな黒目で見つめながら、

 首を少しだけ傾けながら、


 『なんでそんな事も知らないのだ』と、

 心底、不思議そうにしながら――



 「……『何』って……」



 御子柴は、袖で覆われた掌を口元にやる。

 『簡単な算数の問題を解けない同級生』を、心底憐れむようなトーンで、

 ボソリと、一言漏らす。



 「ココは、『楽園』だよ」




 ――はっ……?



 全てが『腐食』し、

 全てが『退廃』し、

 全てが『衰弱』した、



 ――こんな世界が、『楽園』だって……?



 「――そう、『楽園』……、なぁーーんも無い、なぁーーんも考えなくていい……、全部が、『無』に還った世界……」



 御子柴が、ピョン、とウサギみたいに跳ねて、

 タンッ――、と、僕の眼の前に降り立つ。


 キョロりとした大きな黒目を、僕の眼前でいっぱいに広げながら、

 ――口角を、少しだけ上げて『笑う』。



 「――『サイコー』でしょ?」




 ――ゾクッ――


 得体のしれない化け物に、紫色の舌でベロリと舐められたような、

 形容不能な、『嫌悪感』。


 夢の世界に来てから、初めて感じた『戦慄』。

 ――そして、胸の奥底でひっそり灯った『興奮』が、

 殆ど同時に、僕の心に渦巻く――



 「――っていうかさぁ……」



 言うなり、御子柴は少しだけ僕から距離を離すと、再びクルクルと歪な舞を踊り始めた。

 クルクルと回りながら、ユラユラと言葉を紡ぐ。



 「――『楽園』を望んだのは、君じゃん」




 ――クルクルクルクルクルクルクルクル――



 果たして、御子柴の回転は止まらない。

 紡ぎだされる言葉も、止まらない。

 ……それらを止める術を、僕は『知らない』。



 「この世界では、『絶望』に苦しめられることなんて、無いよ。……そもそも『希望』を持つ『手段』が無いんだから」



 ――クルクルクルクルクルクルクルクル――



 「――誰かが持っている『から』、ソレを欲しくなるよね。誰かが頑張っている『から』、自分も頑張らなきゃって思うよね。誰かが楽しそうにしている『から』、自分もその中に入りたいって思うよね――」



 ――クルクルクルクルクルクルクルクル――



 「――欲しいものが手に入らない『から』、悲しくなるよね。頑張っても報われない事がある『から』、辛くなるよね。仲間の輪に入れてもらえないことがある『から』、寂しくなるよね」



 ――クルクルクルクルクルクルクルクル――



 「……『孤独』って、最強だよね。比べる『ナニカ』さえ無ければ、哀しくも、つらくも、寂しくもならないもんね。『孤独』=『最強』。……だから――」



 ――クルクルクルクルクルクルクルクル――



 「なぁーーんも無い、なぁーーんも考えなくていい……、この『世界』は、『楽園』ってワケ」



 ――ピタッ――



 「……簡単な『算数』みたいなモンだと思うけど、『頭が良い』水無月君なら……、ワカルよねぇ~~~??」



 ――ニマァッ――



 無機質で不愉快な舞を止めた御子柴が、

 不自然に硬直したマネキンみたいなポーズのまま、

 口角を釣り上げ、色の無い黒眼で僕の事を見やる。



 …


 …


 …


 ……ふざけるな。



 こんな世界、僕は望んでいない。

 僕の望みは、ただ一つ、

 


  ――誰にも迷惑をかけず、誰からも迷惑を掛けられることも無く、静かに過ごす――



 ただ、それだけだ。

 『色のある現実の世界』で、『生』をまっとうする。

 ……こんな、色の無い……、何もない『退廃』の世界でただ生きるだけなんて、


 そんなもの、それこそ……、

 『死んでいる』のと、何も変わらないじゃないか――



 …


 …


 …


 ……そう、思っているつもり。

 自分に、ウソは吐いてないと思う。


 ……でも、何故だろう。



 ――その思いを、言葉にして吐き出す事を、『身体が拒否している』。



 ……口が動かない。

 ……喉が動かない。

 


 パクパクと、マジックミラーの向こう側から声を出しているみたいな僕を、

 不自然なポーズのまま硬直している御子柴が、ケタケタと奇怪に笑いながら、見やる。


 

 「……『反論』しない、ってことは……、水無月君も、『そう思っている』って事カナ……?」


 ……違う。


 「まぁ、そうだよね~~、水無月君、『友達居ない』し……、『現実世界』で生きるのも、退廃した『夢』の世界で生きるのも、『大差ない』もんね~~?」


 ……違う。



 「――仲良く談笑している『振り』、クラスの中できちんとした関係性を築いている『振り』、……『リアル』の世界で、水無月君が『ホントウに』大切にしている人なんて――」


 ……違う。



 「――ヒトリも、『居ない』もんね~~~~?」




 ――違うッ!!




 ――グワァァァァァァァァァァン!!――







 果たして、轟音。



 僕の心がはちきれそうになったその瞬間、

 

 ――空から、『金だらい』が降ってきた。



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