其の五十六 『九死』


 ――僕の眼に映る風景。


 薄茶色のロングヘアが良く似合う、背の高いおっとり美女、『不知火 桃花』……、

 ――は、もう『そこに居ない』。


 

 おどろおどろしい『真っ赤』な両眼で、

 不自然なまでに口角を釣り上げて、

 壊れたからくり人形みたいに、カタカタと肩を震わせて、


 ――ニタリと笑う、『異形の少女』。




 ……同じだ。


 ――『鳥居先生』の時と、同じ……。



 不知火さんは、『赤眼』に呑まれた。


 

 今の彼女が、

 『赤眼』によって浮彫にされた『真の姿』なのか、

 道化と化して、哀しく演舞する『造られた姿』なのか、


 ……確かめる術は無いけど、


 一つだけ、ハッキリと、呆けた僕にもわかることがある。



 ……このままだと、僕は、およそ確実に、


 ――殺される――






 ――ボッ……


 ふいに、音が聞こえる。

 何かが、ポンッ、と、その場で弾けたみたいな。



 ――ボッ、 ボッ 、ボッ……


 音が連続する。

 景色が『橙色』に包まれる。

 僕の顔がチリチリと『照らされる』。



 ――ボッ、 ボッ 、ボッ、ボッ、 ボッ 、ボッ……



 ……オイオイ……、『マジ』かよ――


 ――『赤眼族』っていうのは、どうしてこうも『ビックリ人間』揃いなのだろうか。

 青眼なんて追いかけるのを止めて、今すぐサーカス団を結成するべきだ。



 「……苦しく……、ないから……ね? ……一瞬……、だから。」



 ヌルリとした足取りで、

 幽霊みたいな足音を立てて、

 不知火さんが僕に近づく。


 僕は、不知火さんとの距離を『一定に保つ』ようにジリジリと後ろに後ずさりした。体温は上昇し、顔から汗が吹き出し、学生服の中のシャツはビチョビチョだった。



 ――間近に迫る『死』。



 『超』リアルに、自分が死ぬシーンを想像できる。

 静かなる『殺意』が忍び寄る。

 


 ――コツッ



 果たして、僕の靴のカカトが、『何か』にぶつかる。

 ……続いて、腕、背中、後ろ頭。


 火照った身体にヒンヤリと侵食してくる『コンクリート』の感触が、

 文字通り、『後が無い』事実を僕に告げた。

 

 ――屋上の『塔屋』の壁にべったりと背中をくっつけて、為す術が無くなった僕に向かって――



 「――――サヨナラ。」



 不知火さんの周りに浮遊する、

 『無数の火の玉』が、


 僕に向かって、一斉に、襲い掛かった。







 ――今度こそ、『ダメ』……か。



 ゴウゴウと音を立てて眼前に迫る火炎を、

 ただボーッと見つめながら、

 自分が焼き焦げて死ぬ様を『超』リアルにイメージしながら、


 僕は、眼を瞑っ――――



 

 ――プシューーーーーーッ!!!


 …


 …


 …


 ……えっ――?




 ――僕が眼を『瞑りかけた』その矢先、

 無数の火の玉は消え失せ、

 代わりに僕の視界を支配した、『白』、『白』、『白』……。


 モクモクと空間を支配する『白い煙』が、僕の体内へ無遠慮に流れ込んで来た。



 「……がっ、ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」


 ……い、……息がッ……!



 果たして、僕の脳は『酸素』を取り込む事を全神経に命じる。

 僕は口元を両手で覆い、わけもわからないままその場でうずくまった。


 頭が混乱していた。

 どことなく、『助かったのだな』という安堵感と、

 どこか、『デジャヴ』のようなシチュエーション――



 少しの間を置いて、『白い煙』達が、『役目は終えた』とばかりに散っていき、僕に『呼吸』をする事を許し始めた。

 視界に、光が戻ってくる。


 ――薄い影、ボンヤリと輪郭を為す、『人のシルエット』。


 

 影が、形成を始める。

 『立体』を以てして、『事の顛末』を浮き彫りにし始める。



 ……とりあえず、『白い煙』が晴れて僕が見たその光景を、ありのまま伝えよう。


 僕の目の前に立つ『如月 千草』が、

 何故か『消火器』を両手に抱え、

 威風堂々と、仁王立ちをしながら、


 ――何度目かわからない、こんな事を言った。



 「……安心して、水無月君。……あなたの事は、『緑眼の使命』の元に、私が全力で守るわ。」



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