其の五十五 『変異』


 ――ザワザワザワザワザワ――




 まずは、一切の思考が停止する。

 視界に映る景色が、ブラウン管を通しているみたいに、リアリティを失う。

 指を、ピクッと動かしてみる。血管が動く感覚が、ぐにゃりと、少し遅れて伝わってくる。

 顔が硬直する、口が硬直する。

 何かを発したいのに、何も『発すること』ができない。

 『ソレ』をするのを、身体が拒否している。

 『ナニ』をするのも、身体が拒否している。



 ウゴカナイ。




 そして、また、一切の思考が停止する――







 そんな感覚に陥った時、


 僕は、何でもないように、

 鼻を噛んだティッシュをポイッとゴミ箱に放るように、

 ポツリと、思う。




 ――ああ、僕は今、『絶望』しているな――







 生ぬるい風が、ぬめりと空間に漂う学校の屋上。

 両眼が『真っ赤』に染まった不知火さんが、

 僕に話しかけているようで、誰でもない『何か』に話しかけるように、


 独り、口を動かし続ける――



 「……サッちゃんが『青眼』だってわかったのは、たまたまだった。私たちは無邪気に『にらめっこ』をして遊んでた。私は、サッちゃんの顔を間近で見つめて、くりくりっとした可愛い瞳の奥に……、『藍色』の光が、ほんのり薄く、キラリと輝いているのを見つけたの」


 「……」


 「……アハッ! 私、どうしたと思う?」


 「……」


 「その場で、サッちゃんの、『首を絞めた』んだよ!」


 「……」


 「ほとんど、無意識だったと思う。『刷り込み』って、怖いよね~~? ……その時の私は、『サッちゃん苦しいだろうな』とか、『お友達、傷つけちゃうな』とか、……『フツウの子が当たり前のように考える事』を、一切考えなかったんだ! ……フフッ、笑っちゃうでしょ?」


 「……」


 「……その後の事は、よく覚えていない。お父さんとお母さんは誉めてくれたけど、ちっとも嬉しくなかった。……唯一の友達を、自分で『消しちゃった』って事に気づいたのは、後になってからだと思う。……バカだよね~! ……笑って? 笑って?」


 「……」


 「その後の私ね~、引きこもって、自分の身体を傷つけて、『めちゃくちゃ』だったよ。お父さんもお母さんも、私がどうしてそんな状態になっているのか『サッパリわからない』、みたいな顔してた。……ただ、オロオロと、狂ったように暴れる私をなだめるだけだった」


 「……」


 「……本を読むようになって、自分を傷つける回数が減っていったの。独りぼっちの私を救ってくれたのは、物語の世界だった。 …前にも言ったけど、コレって完全に『現実逃避』だよね…? ……ダサいよね~、アハッ……」


 「……」


 「小学校はそのまま行かなくなったけど、卒業だけはさせてくれて、少し遠くの中学校に通う事になったの。物語の世界に救われて、私は普通の女の子の『振り』くらいは出来るようになってた。……でも、『振り』って、深く付き合うとバレちゃうんだよね~」


 「……」


 「私はね、決して『独りぼっち』じゃないんだけど、クラスのどの『輪』の中にも交わらないっていう、ビミョ~~~な距離感を『意図的』に作り上げたの。……いわゆる、『その他大勢』ってやつかな……。おかしいよねぇ! そんな子、どこにも居ないよね~」


 「……」


 「……とにかく怖かったの、『青眼』を見た瞬間に、頭の中にプログラムされた『赤眼の使命』が私の身体をのっとって、また、サッちゃんみたいに『自分の手で友達を消しちゃう』んじゃないかって……」


 「……」


 「……中学校は、なんとか平和にやり過ごすことが出来たの。友達は一人もできなかったけど、しょうがないかなって……、これも、『赤眼の使命』かなって……。でも、高校に入って、ある一人の『クラスメート』の事がすっごく気になってきちゃったんだ」


 「……」


 「……君の事だよ。水無月君」


 「……」


 「……私には、一目でわかった。……たぶん、水無月君も、感じてたんじゃないかな。私たちは――」


 「……」


 「『同類』だ。 ……って」


 「……」


 「……知ってる? 私が図書委員に立候補した理由、『本が好き』だからじゃないんだよ。図書委員になったって、『図書室の仕事をするだけ』で、別に本を読む時間が増えるわけじゃない、本を読みたかったら、勝手に一人で図書室に行けばいいもんね。……そんな事、中学校の時の経験で知ってたんだ」


 「……」


 「私はね、水無月君が入る委員会に一緒に入ろう、って決めてたの。この人なら……、私と『同類』の水無月君なら、私の気持ち、考えている事、全部、わかってくれるんじゃないかって……」


 「……」


 「……思った通りだった。水無月君も……、全部、『振り』でしょ? クラスの輪に交じっている『振り』、仲良く談笑している『振り』……。どこかで、他人に壁を作っていて、決して、自分の内側を見せない……」


 「……」


 「…………」


 「……」


 「……やっと、出会えたと、思ったのにな。……私の事、分かってくれそうな人。私の気持ちに、共感してくれそうな人」


 「……」


 「……まさか、また、『青眼』だったなんてね……」


 「……」


 「……ぷっ! ……くくくく…」


 「……」


 「アハハハッ! おっかし~~~ぃ! …………ホント、『笑っちゃう』よ……」


 「……」


 「『水無月君を、昨日誘った理由』だっけ?」


 「……」


 「……一つは、あなたが本当に青眼かどうか、『確かめるため』。……これは、さっき言ったよね。……もう、一つは……」


 「……」


 「……水無月君と、ゆっくり話してみたかったからだよ。フツウに、君の事を知りたかったんだ」


 「……」


 「…………」


 「……」


 「……もう、よくわかんなくなってきちゃった」


 「……」


 「赤眼も、使命も、サッちゃんの事も、水無月君の事も、お父さんとお母さんの事も、自分の気持ちの事も、自分がどうすばいいのかも……」


 「……」


 「……ねぇ、水無月君……」


 「……」


 「……私と、一緒に――」







 ――死んで――



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