-第四幕-
其の四十五 下駄箱に入っている全ての手紙が、ラブレターとは限らない
――タンッ、タンッ、タンッ、タンッ……
誰も居ない、閑散とした校内――
大きなトンネルの中を歩いているみたいに、僕の足音だけが寂しく響く。
『重い』のかも『軽い』のかもよくわからない足取りで、
頭の中の整理がつかないまま、僕はただ機械のように足を運んでいた。
――『目的地』に到着する。
錆付いた鉄のロッカーがズラリと並ぶ校舎の『玄関』に、僕の事を待っている『彼女』が、ポツンと立っていた。
『彼女』は、あさっての方向に目をやっている。何かを考えているような、何も考えていないような……、微妙な表情で――
――フッ、と『彼女』の目がこちらに向く。
僕の存在に気づいた『彼女』は、八の字眉を作り、少しだけ首を横に傾け、腰に手をあてがい――
「……もう、水無月君、遅いよ。……何していたの?」
『不知火 桃花』は、漫画のキャラクターみたいな仕草で、僕への不満をストレートにぶつけた。
「……ごめん、クラスの連中に見られたら、何かと面倒かな、と思って……、ちょっと時間をずらしていたんだ」
……『わざとらしい』様子の彼女を見ていたら、フワフワと落下地点が定まらなかった僕の思考が、スッと冷めてしまった。
「……へ~、私と一緒に居るとこ見られるの、イヤなんだ?」
「――えっ! い、いや……、そういうわけじゃ、ない、けど」
煽るような冗談に慌てる僕を見て、不知火さんがクスクス笑っている。
……あれ、不知火さんって、『こんなキャラ』だっけ……?
――ちょっとした『違和感』が、僕の心をくすぐる。
彼女の調子を掴みあぐねている僕は、とりあえず靴を履き替えようと、
『いつも通り』、『何も意識することなく』、
『水無月』というネームプレートが張られた靴ロッカーの扉をガチャッ、と引き開け――
『異変』に気づく。
……れ?
……まだ使い始めてから半年しか経っていないのに、既にカカトの部分に細かい傷が付いてしまっている真っ黒な革靴――
――の上に、不自然に佇んでいる、『一枚の白い紙』。
……なんだこれ、ノートの切れ端……?
僕は、部屋に落ちているゴミでも拾うように、ひょいと『ソレ』をつまんだ。
よく見ると切れ端の中央に、ヘタでも上手でも無い……、特徴の無い筆跡で何やら文章が書かれている。
……なんだなんだ? ええと――
ヒントその一
赤眼はクラスの中に居るよ
…
…
…
――えっ!?
――湿った手でサッと撫でられたみたいに、僕の背筋がゾクッと凍る。
定まらない視界を懸命に動かし、僕は思わずその文章を何度も追った。
……『赤眼は、クラスの、中に、居るよ』……、『赤眼』?
――なんだ、この文章。
一体、『誰』が、書いた?
僕の命を狙う『黒幕』が、『こんな事』をするとは思えない。
自らの存在を明かすような行動に、メリットが何も無いからだ。
……『黒幕』以外に……、『色眼族』の存在を知っている奴がいる、ってことか?
――しかも、それをわざわざ『僕』に伝えるって、それってつまり――
「――なづき君?」
「――っだっっひゃああああ!!!」
っっひゃああああ………
っっひゃあああ……
っっひゃああ…
誰も居ない、閑散とした校内に、
素っ頓狂で、マヌケな声がこだまする。
僕を驚かせた張本人、『不知火さん』は僕以上に目を丸くし、身体を大きくのけ反らせ、半歩後ろへと身を引いていた。
「――っくりしたぁ……、もうっ!驚かせないでよ!」
……こ、こっちの台詞でもあるんだけど……。
――とはいえ、急にボーッとし始めて、急にでかい声を出した僕の方に明らかに非がある。
ぷりぷりと怒りをあらわにする不知火さんに「ゴメンゴメン」と謝りながら、例の『ノートの切れ端』を後ろポケットに忍び込ませた僕は、慌てて上履きを脱ぎ、革靴へと履き替え、彼女の元へと向かう。
「お、おまたせ、……行こうか――」
僕は平静さを装いながらへらっと笑って、まだ少し怒っている様子の不知火さんをなだめるような声を出し、彼女と一緒に『玄関』の扉をくぐった。
――『黒幕』以外にも、僕が『青眼』だって事を知っている奴が、いるかもしれない――
僕は不知火さんの横を歩きながら、
答えの出ない思考のループに、ぐるぐると独りハマっていた。
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