第6話 実験開始。
"勝って兜の緒を締めよ"とは良く言ったもので、危うく死にかけるところだった。油断大敵とも言う。
事実、スライム如きと侮って顔面溶かされかけた俺は、気を引き締め直し実験を開始する。
「ファイア」
なんとなく、そう唱える。
すると、目の前のスライムに向かって、俺の右手から炎がイメージより若・干・弱・め・の威力で放たれた。
スライムは蒸発し、跡形もなく消え去る。
「ふむ……」
ここでの疑問は魔法……もとい、スキルを使う際、RPGで言うところの"詠唱"は必要となるのかどうか。無詠唱で使えるならそれに越したことはない。
そして詠唱が必要な場合、どのような詠唱が必要なり、威力や効果は変わるかという事だ。
先ほど、俺が唱えた「ファイア」と言う言葉によって放たれた魔法は俺のイメージより若干弱めの威力だった。
それは単に、俺の魔法の実力が足りていないのか。それともイメージ不足か。はたまたその両方か。
顎に手を当て、熟考したところで答えは出ない。出たとしても仮説のみだ。
そんな時、お誂え向きな魔物スライムが3匹揃って現れた。
「それじゃあ、実験を始めますかね」
俺は指をパキパキと鳴らし、構え、魔法を放った。
***
8階層。
「燃えろ」
俺がそう呟いた瞬間、手から激しい炎が放たれ、目の前のオークが燃え盛り生き絶える。
一通り実験を終えた俺は、段々と楽しくなり調子に乗って8階層まで進んでしまった。
「はっ!? いかんいかん! 調子になるなとあれほど自分に言い聞かせたじゃないか!」
油断大敵。
先のスライムの件を思い出し、ひしひしと胸にその言葉を刻む。
実験の結果、結局のところ"イメージ"の問題だった。
俺の個人的には「ファイア」よりも「燃えろ」や「着火」「燃焼」と言った日本語のほうがより明確で繊細なイメージが湧く。
そして何より俺の魔法は"忍術"のため「ファイア」はどうもしっくり来ない。
その他の魔法も色々と試し、一通り使える様になった。
例えば回復魔法。これが1番助かった。
7階層、終盤にてレッドウルフの群れに囲まれた際、俺は右手に噛み付かれかなり深い傷を負った。
その際にダメ元で回復魔法を唱えたら、何とまるで無かったかの様に傷跡がキレイさっぱり消えていた。
実際、どれほどまでの傷を治せるのか試してみたくはあるが、治せなかったり、傷を負ったりするのは嫌なのでまた今度、誰かにやろう。
何はともあれ、とりあえず10階層にあるであろうボス部屋までたどり着き、倒さなければ俺の安息は無い。
「さ、行こう」
その言葉を放つと同時に目の前に現れたウルフの群れに雷の魔法を放ち、一瞬で丸焦げにした。
「ん、無詠唱も問題なさそうだ」
***
「突然現れた未知のモンスターとダンジョンに対し、政府は非常事態宣言を発令し、皇居を含む一部地域を隔離地域としーーーー」
テレビから流れるニュースを眺めながら、私は両手を合わせ、祈り続ける。
突如現れた謎の生物。
奴らは日本……いや、世界中の至る所に現れ、人類ヒトを喰らった。
この状況に政府はダンジョンが出現した東京、札幌、新潟、高知、博多の一部地域を隔離地域に指定した。
たった1日で死者、行方不明者は10万人以上に及び、その中には私、佐伯琴音さえきことねの兄、佐伯蓮も含まれている。
「琴音、避難所の方にご飯もらってきたから一緒に食べましょう?」
「今日はカレーだぞ〜!」
お父さんとお母さんはテレビから離れない私に気を使って気丈に振る舞ってくれているが、きっと私と同じかそれ以上にお兄ちゃんのことが心配でしょうがないはずだ。
「うん、ありがと」
私はそう言って、お父さんからカレーを受け取る。
この避難所には家を失った多くの人たちが暮らしている。
どんどん増え続ける難民に、あとどれほどの食料が残っているだろう。
外国も自国のことで精一杯で、今は貿易も機能していない……とニュースでやっていた。
「お兄ちゃんどうか無事でいて……」
私は、こうしてテレビの前で祈ることしかできない。
そんな自分の不甲斐なさに、苛立ちすら覚えた。
半年後、私は国が募集する『ダンジョンにおける戦闘員、または調査員募集』の張り紙を見た。
ーー待ってて、お兄ちゃん。
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