第8話 この冒険の終着点に。

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 目的の場所についた時、とくに感慨のようなものは湧いては来なかった。

 何の感情もなく見慣れた街を眺めて、それで終わり。もっと込み上げてくるようなものや、蘇ってくる記憶や感情のようなものがあると思っていたけれど、そんなものは何一つなかった。


 半年ほど前まで、僕が暮らしていた街。とある事件がきっかけで僕は記憶を失うことになり、そして事件の起こった中学校を離れて佐伯さんの通っている中学校に転校した。


 新しい学校に通い始めてからそろそろ一か月が経っていたけれど、僕は新しい学校で孤立し始めていた。特に仲の良い友達もおらず、休み時間も誰かと会話をすることもない。給食の時間も一人で黙々と食べ、下校時間まで静かに机に座っている。そんな学校生活を送っていた。


 母はそのことをとても心配していて――僕に、仲の良い友達をつくりなさいとか、輪の中に溶け込めるようにしなさいとか、僕をうんざりさせるお節介を色々焼いていた。どうやら、母は僕の学校での様子や態度を逐一担任の先生に尋ねているらしい。


 そんなところも、僕ととことんまでうんざりさせた。

 とにかく、僕はクラスには馴染めずにいる。

 ただそれだけのこと。


 佐伯さんも、僕と似たようなものだった。それどころか、クラスメイト達に少し煙たがられ、明確に距離を置かれているような雰囲気すらあった。佐伯さんの持っているある種の生真面目さや率直さが、クラスメイトとの軋轢あつれきを生んでいたんだと思う。彼女は、


 少しだけ柔軟性に欠けている。

 でも、それが彼女の個性だと僕は思う。とても素敵な彼女の個性だ。


「校舎の中では私に話しかけたり、親しくしないほうが良いわよ。あなたまで煙たがられて、仲間外れにされるから」

 

 佐伯さんは、一度そんな忠告を僕にした。

 僕は彼女の言う通り、学校の中では彼女に話しかけないようにした。僕は、なんてバカなことをしてしまったんだろう――今になって、そう強く思った。


 僕はもっと佐伯さんと仲良くなりたいし、もっと佐伯さんのことが知りたかった。

 

 彼女の、特別な友人になりたいと心から思った。

 僕は、佐伯さんに好意のようなものを抱いていたんだ。


 今、それがようやくわかった。

 こんな僕のために協力をしてくれて、そしてこんなところにまで付いてきてくれて――僕の冒険を最後まで見届けてくれようとしている。今も僕の隣を歩きながら、いろいろと僕に言葉をかけてくれている。

 

 僕は、僕の頭の中の女の子が佐伯さんのような女の子だったらいいなと思った。

 そんな、親切で思いやりのある子だったらいいなと思ったんだ。

 

 僕は、出発前にズボンのポケットの中に忍ばせておいたものを強く握った。それはとても冷たくてソリッドだった。何をポケットの中に入れたのかよく覚えていなかったけれど、それはとても大切なもののような気がした。


 それを握っていると、なにかをしなくちゃいけないような衝動に駆られて、とても勇気が湧いてくる気がしたんだ。

 

 僕の頭の中の女の子の声が聴こえる。



「早く早く。こっちだってば。もう、私のマウスはのろまなんだから。あはは」

 


 まるで、僕を呼んでいるみたいに。

 そして、僕になにかをさせようとするみたいに。

 

 その声に導かれるみたいに――僕は、半年前に通っていた中学校にたどり着いた。

 

 この冒険の終着点に。

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