第6話 僕は、記憶を消した生徒全員の墓を荒そうとしているのだ。
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「それじゃあ、私が調べた内容を報告するわね」
区の図書館で、佐伯さんは少しだけ緊張した面持ちで言った。手には十インチくらいのタブレット端末を持っていて、どうやらそれを使用して僕に報告をしてくれるみたいだった。
「まず、あなたが教えてくれた中学校と、住んでいた場所で検索をかけたんだけど、どうやらあなたが通っていた中学校で、少し大きな事件があったみたいなの」
「少し大きな事件?」
「ええ。私の個人IDを使った端末じゃ、フィルタリングがかかってそれ以上は調べられなかったんだけど、お姉ちゃんのIDを借りて調べてみたら、もう少し詳しく情報を得ることができたわ」
昔のネットと違って『iリンク』を使用した現在のネット環境は、何重にもかかったフィルタリングによって強い健全性が保たれている。
未成年の場合、アクセスすることができるサイトやサービスがものすごく限られていて、不健全なサイトを閲覧しようものなら直ぐにフィルタリングにはじかれ、ひどい場合は保護者にネットの閲覧履歴が送信される仕組みになっている。もちろん、保護者はいつでも子供の閲覧履歴にアクセスすることができるし、GPS機能によって子供が今どこにいるのかを確認することだってできる。
『iリンク』を通じた僕たちの行動は、保護者には筒抜け。高校生くらいになると、少しずつフィルタリングが軽減されて、アクセスできるサイトや使用できるサービスも増え、匿名による書き込みなんかもできるようになるらしい。
それでも、自由なネット閲覧とはいかない。それほどまでに現在のネットの規制は強く、
だからこそ、他人のID――いくら家族とはいえ――を使用したり、不正なIDを作成することは、固く禁止されていた。
「お姉さんのIDを使って大丈夫だったの? それって――」
「バレたらまずいけれど、たぶん大丈夫だと思う」
佐伯さんは、そのことについては自信があるみたいだった。
「先を進めるわよ」
「うん」
「一年以上前の事件だから、それほど多くの情報は得られなかったけれど、どうやらその事件には数名の死亡者がいて、そしてクラス全員がその事件にかかわっていたみたいなの」
「数名の死亡者? それに、クラス全員がかかわっていた?」
その言葉を聞いて、僕は頭の中が真っ白になった。
僕の頭の中の女の子が、その死亡者の一人なんじゃないかって――そんなことを思ってどうにかなりそうだった。
「ええ。一時期はかなり世間を騒がせて、ワイドショーなんかでもたくさん放送されていたみたいなんだけど、未成年――それも中学一年生の教室で起きた事件ということで、すべての生徒の名前は秘匿されて、強い報道規制が
「それじゃあ、その教室で何が起こったのかは分からないっていうこと?」
「詳しくは」
「死亡したっていう生徒のこともわからないの? 名前とか、性別とか?」
僕が追って尋ねると、佐伯さんは難しい顔をしたまま首を横に振った。
「それも、分からないわ。でも、この事件が世間を騒がせたのはその事件の起きた後――つまり、事件の処理の仕方」
「事件の処理の仕方?」
「ええ。つまり後片付けの方法に大きな注目が集まった」
「後片付けの方法?」
僕は、意味が分からなくて首を傾げた。
「どうやらその事件の後、事件のあったクラス全員が『記憶消去』の処置を受けて、事件の記憶を消してしまったらしいの。だから、その事件のことを覚えている生徒は、現在誰もいないことになる」
「クラス全員が『記憶消去』を? そんなことって」
「驚きよね? 私も実際驚いた。でも、海外ではそれほど珍しい例ではないみたい」
佐伯さんは、タブレットを操作して海外の記事を開いてみせた。
「アメリカの事件なんだけど――ハイスクールで生徒による銃乱射事件が起きた後、事件を目撃した全員の『記憶消去』を行ったという例があるわ。その数は三百人を超えていて、たまたまそのニュースを見てしまった子供の記憶まで消したって書かれている。海外では集団での『記憶消去』はすでに一般的になっているの。でも、日本で集団による記憶消去が、クラス全員の記憶を消すなんて判断をしたのは初めて例だったから、それでかなり大きく騒がれたって感じね」
「それじゃあ、今ではその事件を覚えている生徒は誰もいなくて、死亡した生徒が誰なのか知る方法はないってこと?」
死亡した生徒というのが、僕の頭の中の女の子じゃなかったとしても――その女の子は、すでに事件のことを覚えておらず、それどころか僕のことだって覚えていない可能性があった。
いや、その可能性のほうが高かった。
そのことに、僕は深い失望を感じた。
目の前の道が、真っ暗な闇に閉ざされてしまったような気がした。
僕の冒険が、出発する前に終わってしまったみたいに。
「生徒の保護者や、クラスの担任に聞けばわかると思うけれど、それじゃあ、あなたの両親に報告されてしまうわよね?」
佐伯さんは、困ったように首を横に振った。
佐伯さんの言う通り、そんな大きな事件――それも、全ての生徒の記憶を消去して終わらせた事件を蒸し返そうとしていると知ったら、僕の母親はどんな手を使ってでも僕の記憶を『消去』しようとするだろう。
それは僕の母親以外、他の生徒の保護者も同じことだと思う。
僕のやろうとしていることは、真夜中に墓地に忍び込んで他人の墓を掘り返すことと同じ。やはり、たんなる墓荒らしに他ならない。これまでは自分の墓を掘り返せばそれで済むと思っていたけれど、そうじゃなかった。
僕は、記憶を消した生徒全員の墓を荒そうとしているのだ。
誰も思い出したくないはずの記憶を、身勝手に掘り起こそうとしている。僕の頭の中の女の子だって、そんな事件の記憶きっと思い出したくはないはずだ。
そのクラスで、いったい何が起きたにせよ。
僕がもう諦めるしかないのかと落胆していると、佐伯さんは意を決したように口を開いた。
「方法がないわけじゃないと思う。あなたが望むならだけど、協力はできる」
佐伯さんは、できる限りの協力はすると約束してくれた言葉を曲げることなく、僕にそう提案してくれた。
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