第5話 それは、当たり前のものとして僕の身近なところに存在していたから。

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 それから僕と佐伯さんは、僕の頭の中の女の子の情報を集めはじめた。

 といっても、僕がかろうじて覚えていることを佐伯さんに話して聞かせ、その情報をもとに佐伯さんが情報を集めるというもので、僕にできることはほとんどない。


 僕たちの役割は、そんなふうに簡潔に分担されてしまった。

 どうして僕自身が情報を集めないのかと言うと、僕の両親――とくに母親に、僕が『記憶消去』で消したはずの記憶を、僕の頭の中の女の子を探していると知られないため。


「いい? 実際に動いて情報を集めるのは私がやるから、あなたは一切自分の端末や家庭の端末で情報を集めたりしないで。多分、フィルタリングや検索履歴なんかで確実にバレるから」

「わかった。佐伯さんに任せるよ」

 

 僕たちが日常的に使用する端末は、大きく分けて二つある。

 昔ながらのパソコンと、個人用の端末である『iリンク』。


『iリンク』は一世代前はスマートフォンと呼ばれていて、その前は携帯電話とも呼ばれていた――らしい。要するに、『iリンク』は個人で使用する連絡用端末が発展したものだ。


 過去、ただの連絡用の端末だった携帯電話は、スマートフォンの登場でネットを介した検索機能を向上させ、様々なアプリケーションによってその機能を拡張できるようになり――音楽や動画再生、ゲームなどの娯楽から、健康状態の管理、ナビゲーション機能、AR、VRと様々なサービスを提供するように。


 それらをさらに発展させたのが『iリンク』。

 この新しい端末の一番の特徴は、体内に移植したナノマシンとリンクして、生体コンピューターのインターフェイスとして使用できるという点だった。


『iリンク』は、正確には『インナー・マシン・インターフェイス』と呼ばれるシステムで、それらの主な役割は、思考によって通信端末の操作を可能にすることと、体内を監視して健康状態を保つこと。完全なユビキタスネットワーク社会と、正しい健康状態を保つことを目的として、僕たちは生後間もなくこの『インナー・マシン・インターフェイス』をインプラントしている。


 これによって、僕は頭の中で指示を送るだけで『iリンク』を操作できるし、自宅の鍵の施錠なんかも、頭の中で「開け」って思うだけで開く。あらかじめ登録をしておけば、手のひらをかざすだけで買い物ができるようになるし、駅の改札やバスの乗り降りもできる。

 

 体内を監視する医療用ナノマシンは、毎日僕の健康状態を管理してくれていて、熱が出たり、風邪を引いたり、その他、体内の異常を感知すると『iリンク』に警告を出してくれる。もちろん、僕の両親にも。あまりにひどい場合、例えば僕が気を失ってしまったり、大量の出血をしたりすると、自動で救急車を呼んでくれたりもする。スマートウォッチというものが登場して注目されるようになったヘルスケアの技術を全て詰め込んで体内に移したのが『iリンク』だとイメージすれば分かりやすいと思う。


 とにかく、至れり尽くせりの機能が満載なのだ。

 この『インナー・マシン・インターフェイス』は『記憶消去』にも一役買っていて、脳の神経細胞と結びついているナノマシンが直接脳に電気信号を送ることで、他の記憶を一切傷つけずに特定の記憶だけを消すことができる。脳と結びついたナノマシンは、常に記憶をアーカイブ化し――記憶を記録して保存している。『記憶消去』で消してしまった記憶は、デジタルデータ化することも可能だという。


 実験段階ではあるけれど、消してしまった記憶を後から脳に入れ直すことも可能らしい。そんな、音楽ファイルをダウンロードしたり消去したりを繰り返すようなことが本当に可能なんだろうかって思ったけれど、その情報は僕に少しだけ希望を与えてくれた。


 つまり、消してしまった記憶を思いだす術は存在する。おそらく。


 これが、佐伯さんが僕の情報を調べている間に、僕が調べた『iリンク』と『インナー・マシン・インターフェイス』に関する情報。

 

 常日頃から使っていて、毎日お世話になっているはずの技術について、僕はまるで分っていなかった。そもそも、これまでは調べてみようとも思わなかったし、疑問に思ったりもしなかった。それは、当たり前のものとして僕の身近なところに存在していたから。


 そんな感じで、僕は『iリンク』と『記憶消去』の技術について少しだけ詳しくなり、自分の記憶が蘇る可能性について望みのようなものもできはじめていた。

 佐伯さんのほうも順調らしく、僕たちは着実に前に進んでいた。

 

 僕の頭の中の女の子をめぐる冒険は、次の段階へと進もうとしていた。


 つまり、実際に冒険に出るのだ。

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