第3話 ある意味で、僕は自分の墓を掘り起こそうとしているのかもしれない。

 3


「消したはずの記憶を思い出したり、頭の中で蘇って見えたりすることがないかって?」

 

 放課後、佐伯さんを呼びとめて『記憶消去』についての質問をすると、佐伯さんは怪訝けげんな表情を浮かべて僕を見た。切れ長の瞳をキッと細めて、眉間に皺を寄せる。

 

 その様子は、どことなく怒っているように見えた。

 僕は、彼女を怒らせてしまっただろうかって心配になった。


「うん。そういうことってないのかなあって思って」

「どうして、私にそんなことを訊くの?」

 

 佐伯さんが逆に質問をしてきた。その質問の仕方はどこか真に迫っていて、僕はその質問にしっかりと答えなくちゃいけないって思った。


「僕が『記憶消去』についてクラスメイトに質問をされた時、佐伯さんが助けてくれたことがあったじゃないか。あの時、佐伯さんはとても『記憶消去』について詳しくて、それに理解もあると思ったんだ。だから、僕の助けになってくれるんじゃないかって。気を悪くしたなら謝るし、他をあたるよ」

「助け? 何か困っているの?」

 

 僕が説明をすると、佐伯さんはさらに質問を重ねた。どうやら、怒っていたわけじゃないみたいだ。


「うん。僕の頭の中に、僕の知らない女の子がいるんだ」

 

 僕がそう言うと、佐伯さんは危ない人でも見るような目つきで僕を見た。


「それって、空想とか、架空とか、二次元かなんかの女の子が頭の中にいるってこと?」

「違うよ。そういうんじゃないんだ」

 

 僕は慌てて言って、説明をとても丁寧で正確なものに切り替えた。


「僕の頭の中に――知らない女の子の記憶があるんだ。その女の子が、時折頭の中に浮かんでくるんだ。ほら、フラッシュバック? みたいな感じで」

「つまりあなたは、それが消えたはずの記憶――消されてしまった記憶の一部だと思っているということ?」

「うん」

 

 僕は頷いた。

 すると、佐伯さんは細い顎に手を置いて、少しだけ黙りこくった。


「なるほど、だからまず私に相談したのね? それを大人に話すと、あなたは、その記憶を消されてしまうと思ったから」

「うん。その通りだ。お母さんに相談すると、また記憶を消されてしまうと思ったんだ。僕のお母さんは少しだけ過保護で、すぐに僕の記憶を消そうとするんだ」

「ここからの話は少しだけ慎重になる必要があると思うんだけれど、あなたは、その記憶をどうしたいと思っているの? 消された記憶の一部であると知りたいだけ?」

 

 佐伯さんの言っていることの意味は、すぐに理解できた。

 確かに、ここから先の話な少しだけ慎重になる必要があるのかもしれない。僕にとってはすでに答えが出ていることだとしても、それに関わる人はモラルを逸脱してしまう可能性だってあったから。


「僕は、この記憶が何なのか――僕の頭の中の女の子が誰なのかを確かめて、できることなら彼女と再会したいと思っている。僕は、消してしまった記憶を思い出したいし、思い出す必要があると思うんだ」

 

 だから、僕ははっきりとそう告げた。

 誤解を与えりしないように。


 僕の目的と――僕の意思を。


「つまり、ぜんぶわかっているのよね?」

「うん。わかっていると思う」

「だけどそれって、あなたにとって忘れる必要があった記憶を思い出すってことなのよ? あなたのご両親、もしくはその周りにいる人たち、あるいは病院なんかの公的な機関が、あなたが忘れるべき記憶と決定したものを、無理やり思い出そうとしているのよ? その結果どうなるか――」

 

 佐伯さんは、口をつぐんで体を小さな体を震わせた。

 まるで、他人の墓を暴くことに恐怖したみたいに。

 

 僕は、今から墓堀をしようとしている。

 なんとなく、そんな気がした。

 だけど、その墓は他人のものじゃない。僕自身の墓だ。


「わかってる。ある意味で、僕は自分の墓を掘り起こそうとしているのかもしれない。だけど、僕は僕の過去を取り戻したいんだ。僕の頭の中の女の子のことを知りたいし、もう一度言うけれど――その女の子と再会したい」

 

 僕が覚悟を決めてはっきりとそう告げると、佐伯さんはしぶしぶと頷いた。


「そう、わかった。私にできることなら協力するわ」

 

 そうして、僕たちの協力関係――

 というよりも、共犯関係がはじまった。

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