ビンゾ・コカトリスの場合

「え!? フランスのパフェってこんなに大きいの!!!」


フランス。シャンゼリゼ通りにメイド服の少女が驚きの声を上げた。

目の前にはドカ盛りイチゴパフェ。


『お客様、フランスは初めてですか?日本からいらしたのですか?』


下半身が蛇女のウェイターがニコニコしゅるしゅると細長い舌を出して微笑んだ。


「い、イエース……じゃなかった。ウィ?」

「だいじょうぶです、日本語、すこし」


少女、不死者のビンゾはウェイターとしばし楽しく話した。

主に漫画やサブカルチャーの話を聞かれたが、摩耗した記憶ではむしろ逆についていけなかった。


「フランスの人の方が詳しい……!何か負けた気分です」

「オウ、ごめんなさいね?では、良い旅を!」

「あ、はい……ってなんだか煙に撒かれたような?でも美味しそうだしいただきまーす!」


ビンゾ・コカトリスは故あって不死者になった少女だ。

そしてその力を危険視されてあらぬ罪を着せられ、現在は高飛びしてフランスへ。

しかし本人はそれなりに逃亡生活をエンジョイしている。


「おう、相席いいかな?」


後ろから甘やかな女性の声がした。日本語である。


「えっ、日本語!?」

「そうだよ日本人だもの。あんたに話が……あっ、こら待て!」

「日本からって事は追っ手ですよね!?私、もうこりごりなんです!」


そういうとビンゾの目が光り、煙のようにその姿はかき消えた。



路地裏に瞬間移動して逃げ込んだビンゾ。

その力は人体実験で移植されたコカトリスの眼による。

忌々しくも、頼りにせざるを得ない力だ。


「待て、ちょっと話聞け!っていうかパフェ代あたしが払ったじゃねえか!」

「ごめんなさい!それはそれとして、私まだ死にたくないんで!」


再びビンゾの眼が光り、姿がかき消えた。

今度も数秒して女性がビルの上からおりてきた。

よく見れば足がウサギ型のサイボーグである。


「し、しつこいですね!あなたが追っ手の人なら、聞いてるでしょ!?これ以上追うなら、私の目を使っちゃいますよ!」

「待て、話し合おうっていうか誤解だ!いや、誤解でも無いのか……?あんたニュース見てねえのか!?」

「話を聞いてもくれなかったのはそっちじゃないですか!こっちは実体験で知っているんです!」


ビンゾの眼が妖しく光る。

その瞬間、ウサギ型サイボーグは逆に回り込むように飛び跳ねて視界から消える。

視界にあった雑草やドブネズミが石化した。


「いいからこれ見ろ!ほら!」

「な、なんですかっ!?えっ、魔術師ハルマン死亡……?」


ビンゾは目の前に新聞紙を突きつけられて、思わず紙面の文字が眼に入る。


「そうだよ。あんたに濡れ衣かけてたハルマンは死んだ。

で、遺言であんたに謝って慰謝料渡してこいってあったの!

あたしはそれで雇われたフリーの探偵!OK?」


探偵は日本の物らしき、探偵免許を見せる。

山猫の紋章に「日本探偵誓約・白踵イナバ」とある。


「そ、そうなんですか……あんまり気がのらないんですけど……」

「とりあえず聞いてくれ。あたしは遺言書を読み上げる。それであたしの仕事は終わるの!」

「はぁ……それじゃあ、聞けば放してくれるんですね?」

「そう言ってるじゃん……じゃあ始めるね」


ビンゾは露骨にやる気無く、めんどくさそうである。

イナバはスマホで録画しながら遺言状を読み上げた。


「えー、前置きはいいや。ネットで見てくれ。

『ビンゾ=コカトリスに慰謝料3億円を送る。

そして此度振りかかった過酷な運命に対して心から陳謝する。

HAL基金と同盟は彼女を追わない事、彼女の名誉を回復することを命ずる。

そして、八百万はどうか彼女を受け入れてほしい』」


そういうと、イナバは背中のリュックをドサリと下ろしてチャックを開ける。


「あー重かった……これ一億で、残りは中に小切手入ってるから、受け取るも受け取らないも好きにしてくれ。

あたしは渡したからな」


現物を見たとたんに露骨にやる気が無かったビンゾの表情が変る。


「3・億・円!?」

「そうだよガチだよ。嘘じゃないってあたしが確かめようか?」

「いっ、いえ!私が!」


ぺららら……と拙いながらも金勘定をするビンゾ。その目が怪しく光っていた。


「わ、うわあ!本物だあ!やったぁ!ありがとうございます!」

「お、おう。よかったな。じゃあ、あたしはこれで……」

「あ、待ってください!これ!」


ビンゾは一枚だけ抜いてイナバに渡した。


「なにこれ?」

「パフェ代です!」

「多すぎない?」

「じゃあ、護衛してください!私一人じゃ持って帰れるか不安なんで!」

「安すぎない?」

「じゃあ、後払いで!ていうかせっかくお金が入ったのに、使うのが一人でとかさみしすぎます!」

「OK、依頼を受けるよ。エスコートな。解った」


そこにガラの悪そうな連中が路地裏に入ってきた。

彼らの目は札束と二人の身体に遠慮無く向けられている。


「じゃあ、さっそくお仕事すっかぁ!」


イナバがポケットから木槌を取り出し……そして路地裏に闘いの音が響く。

彼女たちはまだ知らない。この闘いが一週間にわたっての大騒動になることを。


三億円が結局、半分が破壊した街の弁償費用と、残り半分がとある理由により恵まれない人々への寄付になることを。

それと引き替えに、ナチスの遺産の地図、一枚のコイン、ここ1000年で最高の酒、九龍城の所有権、その他色々。


そして……多くの人々の笑顔と、かけがえのない多くの友情を手に入れることを。


彼女たちはまだ知らない。


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あとがき


笹比奈ミリア 様


『宵闇の前章譚の前章譚』


https://www.magnet-novels.com/novels/52001


とのクロスです。ありがとうございます!

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シェアワールド・宵闇プロジェクト 星野谷 月光 @amnesia939

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