終話 介護士たち
あの夜、花ちゃんが逝った。
数日後、通夜に誘われたがその日も夜勤だったので断った。
神路リーダーは明けだったらしいがちゃっかり焼香にはいったらしい。
『やっぱりなー。花ちゃんのとこに嫌な色見えちゃってたんだよ。』
神路はこう言っていた。
芝さんなんかは俺が行きませんと行った時ちょっと変な顔をしていた。
職務外のことだ、行きたい奴は行き、行きたくない奴は行かなければ良い。
だから俺はこの間寺井に親睦会の出欠を確認されたときも断った。
『幡くん今日何番?』
食堂。
舟木に話しかけられた。
『あ、お疲れ様です。早番です。』
『一緒かー。あ、で、悪いんだけど、花ちゃんの遺品届けてくんない?』
『あ、了解です。』
俺は腰をあげる。
『あー、飯終わってからでいいよ。場所わかる?』
『富中病院のちかくっすよね?』
『そ。じゃお願いねー!』
舟木はいなくなった。喫煙所だろう。
休憩が明け、施設の車に乗り込み花ちゃんの遺品を自宅に届けに向かう。
自宅は年季の入った、だが敷地面積だけはかなり広い家だった。
インターホンを押す。
60代くらいと思しき女性が出てきた。
『すみません、ひだまりの者ですが。』
俺がそう言うと
『あーあー、どうもすみません、お世話様ですぅ。』
女性は深々と頭を下げた。
お嫁さんだろうか。
『母が良くしていただいて。』
娘さんだったか。
『いえ…あ、これお返しし忘れてたものです。』
俺は荷物の入った紙袋を差し出した。
『なんでしょう?』
花ちゃんの娘は紙袋を空けた。
中には手作りのバースデーカードや、花ちゃんが完全に呆けるまでに日課にしていた計算ドリルなどが入っていた。
しばらく娘さんは眺めている。
そして、その目から涙をこぼした。
『あっ…』
俺はかけるべき言葉なんて浮かんでなかったのに、何かを言いかけた。
『御免なさいね…。母さん、ちゃんと愛されてたのかしら。』
『え…と言うと…?』
『…上がっていってくれませんか?』
俺は中へ促された。
昭和風な畳の居間。
ちゃぶ台に向かい、茶を出された。
これまた古めかしい箪笥の上に花ちゃんと旦那さんと思しき夫婦の写真がある。
(花ちゃんてあんな顔だったのか。いつも白目むいて寝てたからなぁ。)
『ごめんなさいね、お時間大丈夫かしら?』
いつの間にか娘さんは向かいに座っていた。
『ええ、今日は自由が利くので…』
本当はこの後ユニットに戻る予定にはなっていたが、ここで時間を潰していた方が楽そうだ。
『…本当はねぇ、ひだまりの方に会ったら一言文句でも言ってやろうと思ってたのよ。』
娘さんは唐突に、悪戯っぽく言った。
『えっ?』
俺は思わず素っ頓狂なリアクションをした。
『いつ面会に行っても母の頭はボサボサ。顔は目やにだらけ。お部屋も散らかりっぱなしで尿臭もひどかった…。』
返す言葉もなかった。
自分はまだ新人で、と苦し紛れの言い訳すら出来ようはずがない。
『…申し訳、ありません…。』
深々、頭を下げるしかなかった。
『でも、そんな気持ちも消えちゃいました。これ見たら。』
娘さんはバースデーカードを広げた。
先程返却した、ひだまり職員の手作りのものだ。
そこには
「花ちゃん、ダイスキ!」
と書いてあった。
俺は目を覆った。
(おいおいおい、拙いだろ流石に…。誰だ作った奴。)
俺はてっきり花ちゃん呼ばわりのことで責めを受けるものだと思い込んだ。
『母はね、ずーっと花ちゃんだったんです。』
『……はぁ…?』
『母は女学校時代も「花ちゃん」。戦時中に、家を焼け出された親戚なんかを家に住まわせてた時も親戚の子からは「花ちゃん」。父と出会った時も父は母のことを「花ちゃん」て。私が生まれてからは一時「母さん」になっちゃったけれど、父が逝く時はやっぱり「花ちゃん…花ちゃん…」って。おかしいでしょ?やっぱり、うちの母は生まれてから無くなるまでずーっと花ちゃんだったんだなって。この名前、すごい力が込められてるなって思ったら、楽しくなっちゃって。』
娘さんの赤い目は、確かに微笑んでいた。
花ちゃんの本名は「柳原 花」
ハイカラな名前だ。
誰もが柳原さんとは呼ばず「花ちゃん」と呼ぶ。
事実俺も入職日から「この人は花ちゃん」と紹介され、俺自身もそう呼び始めた。
花ちゃんは、何処行っても花ちゃんだったのか。
『さっきは意地悪言ってごめんなさい。忘れて?』
娘さんは微笑んで言った。
『いえ、その…なんて言うか……ただただ申し訳ありません。』
俺は又深々と頭を下げる。
『いいのいいの。介護士さんは、実のところ私達から見ても大変だと思うわ。つい色々求めちゃうけどね。でも最後まで母を「花ちゃん」でいさせてくれて、ありがとう御座います。』
娘さんも俺と同じくらい頭を下げた。
俺は施設に戻った。
『おー、結構かかったな。何か言われた?』
寺井が声をかける。
『はい、やっぱ見てますね家族は。整容の面とか言われちゃいました。』
それ以外のことは、何故か言う気にならなかった。
『あちゃー、やっぱなー…でもいい娘さんだったろ?』
『そうっすね、申し訳なくなりました。』
『んー…。まぁそうゆうこともあるっつうことでこれから気を付けないとな。ってことで、じゃあ親睦会出る?』
『じゃあってなんすか。…まぁ、でも出ます。』
『えっ、出る!?』
『え、出なくてもいいんすか?』
『いやいやいや、出ろ出ろ、理事長うるせーから。』
寺井はそそくさと何かの容姿に○を付けた。出欠簿だろう。
『骨埋める覚悟できたか?』
寺井はニヤリと笑う。
『ええもう最初からそのつもりっすよ。』
俺も冗談めかして嘯いた。
親睦会当日、この日は他事業所も集まる大々的なもので○市のホテルの一室を借りて行われた。
席は籤引きで、同じ事業所からは1人しか被らない仕組みらしい。
円卓のテーブルはいくつかあり、アルファベットの札が置かれている。
Eのテーブル。
なんと俺はそこで所と同じ席になってしまった。
『来てたんだね所くん。』
俺は意地悪げに言った。
『幡さんこそ。』
所も同じような表情で返した。
『いやー、面倒いっすね。』
『来ない選択肢もあったんだぞ?』
『そしたらボーナスの査定に響くじゃないっすかー。』
『えっ、そうなの?』
『幡さん知らなかったんすか?』
『しらねー。』
俺は大袈裟に笑った。
『それ知らなくても来るなんて「介護士」っすね!』
所はニヤリと笑って言った。
『所くんは?』
『俺も残念ながら介護士っす。』
二人で笑った。
ワーカーホリック 大豆 @kkkksksk
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