第6話 大場 美希の介護士

体が痛い。主に腰。

毎回思うがこの当直室はどうにかならないのか。

時刻は21:31

まだ寝る時間ではないのだが。


大体何故女の私が当直をやらされなければならないのか。

それとも52にもなれば女とも見てくれないのか?

リーダーなんかになるんじゃなかった。


介護業界の悪習慣の一つ。

「昇進してもいいことがない」


コンコン


その時当直室の戸がノックされた。

開けると植野が立っていた。


『すいません、今出ますんで!』


こいつまた残業してたのか。

それも一時間半も。


大方白羽の所にいたのだろうと予想はつく。


こいつも本当、よくやるものだ。


『ジョーさん、なるべく21時前には帰ってね?施錠時間あるから。』


ジョーさんとは植野丈(うえのたけし)の愛称である。


『わかりました。すみません。』

ジョーさんこと植野とは何度かこんなやり取りをしているが、懲りた様子はない。


ワーカーホリックと言う言葉を聞いたことがある。


この男はそれなのか?と思ったが、旦那に聞いたところによると

「その彼はワーカーエンゲージメントだよ」とのことだった。


私は働かねばならない

私は働きたい

かの違いらしいが恐らく植野は後者なのだろう。


全く「介護士の中の介護士」だ。

私はああはなれない。


介護は仕事として好きだが、あくまで仕事としてだ。


彼の場合、仕事としてではなくそれが生活になっているきらいがある。


事実、利用者と一線を越えた関わりを繰り返している。


特定の利用者(主に白羽だが)にプレゼントをあげたり、入院すれば休みを利用して見舞いに行ったりと。


恐らく彼は何人かの利用者から金を受け取ってもいる。

そうなってくるといよいよ彼の介護士土合も怪しくなってくる。

 

趣味でやるのはいいけど間違いは間違いだと正してやりたい。



が、10年以上の付き合いの私ですらそこは踏み込めない。


彼がキレそうで怖い。


一度彼が入浴を担当した日に、私は事務所配置になっていた。


そして事務所に内線が入った。

「入浴がかなり押してる」


植野が松村と言う利用者と浴室で話し込んだせいで入浴時間が30分も押している、とユニットの人間から言われた。


私は浴室に向かい、植野に事情を聞いた。


「ジョーさん、時間がかなり押してるみたいだけど。」


そう言い終わるまでに植野に畳み掛けられた。


「今松村さんの苦情を受けているんです!大事な話だからちょっと待ってください!」


待っても糞もない。入浴介助は一人でやるものではない。

ペアを組まされた人間から泣きが入ったから私が来たのに。


そう言いたかったがあまりの剣幕に言葉を飲み込んだ。


その日は結局寺井の裁量で植野以外の入浴担当者二名は定時で上がらせ、植野のみが残りの入浴介助に当たった。


ナイス采配。

植野、ざまあみろ。

入浴にあたっていた幡達はそう言っていた。

寺井の求心力のバックボーンはそう言った所にある。


寝れそうにもないし、少し植野の愚痴を言いたかったので同僚の舟木にラインを送った。


「ちょっとジョーさん帰ったの今だよ今!」


一分後に返信があった。

「キモイっすね(笑)また白羽さんの世話すかね?」


「多分そう!絶対あのひと金貰ってるよね!」


そこからはたと返信がなくなったので今度は寺井にラインをした。


「ジョーさん今日も残業一時間半。どーにかしてくださ~い。」


15分後に返信があった。

「あいつはほっといてやれよ。介護士として生まれちまったんだよ(笑)」


そこから寺井と何通かメッセージのやり取りをし、ぼちぼち寝ることにした。


なんせ明日も当直明けで日勤なのだ。

介護業界は狂ってる。

こんなに主婦を酷使する仕事があってたまるか。


明日も寺井に愚痴りまくろうと思う。


とりあえず今日は田村が怪我をしたりしたので、他になにもないことを願う。


花ちゃんとか、今日あたり逝かないと良いけど。






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