第5話 所 翔太の介護士

『ごめん、遅くなりましたぁ。』


俺は居酒屋の個室の戸を開けた。


『おー!お疲れお疲れ!』

友人の吉岡が軽快に声をかけてくる。


今日は地元の友人達との飲み会である。


男女共に三人ずつ参加しており形としては合コンの体を成している。


吉岡が、未だ童貞の俺を気遣って開いてくれた飲み会だ。

が、吉岡には悪いが気乗りしない。


田村の事があって、芝は色々勘付いてそうで気が気ではない。


バレてなければいいが。

いやバレてるのか?

いやいや忘れよう。


到着して3分、俺の飲み物も届き乾杯で幕を開けた。


『そう言えばさー、吉くんは今なにやってんの?』

滝口と言う女子が吉岡に尋ねた。


『俺は地銀だよ。何処かは内緒っ。え、皆は?』


『あたしはアパレル。もぉ超給料安いかんね。』

と滝口。

『あたしは真面目に美容師やってまーす。』

井坂と言う女子が言った。

『なんだ真面目にって!』

滝口が突っ込む。


『あたしは吉岡くんと同業!』

松見と言う女子が言った。


この三人も俺の出身中学の同窓生だが、当時は話したことすらない。


『どーなん?地銀の給料って。』

不意に金子が二人に尋ねた。

この金子とも男同士とは言えまともに会話したことがない。


ハッキリ言って冴えない中学三年間だったのだ。



『んー、先輩の話とか聞くと昔に比べて良くねえのかなって。松っちゃんとこは?』

と吉岡が言う。


『あたしはただの窓口だからねー。てか五年以内には寿退社する気満々なので!』


『うぇーい、野心家だねある意味!』

笑い声。

皆俺と同世代の25歳。

話題に結婚の二文字が絡み始める歳だ。



『で、そっちの皆は?吉岡くんは地銀だけど。』

滝口が尋ねた。

あまりいい展開ではない。


『俺は不動産。もうね、ブラックすぎてやめてぇ。』

金子が苦笑する。


『でも勿体なくない?手取り半端ないっしょ?』

井坂が言った。


『まあねー。でも自分の時間ねえからなー。』

金子は言いつつも優越感が顔に浮かんでいる。

少なくとも俺にはそう見える。

中学の頃からこうゆう奴だったか?


『所君はー?』

滝口に振られた。


この質問が今一番答えたくない。

滝口よ、気を遣ったのなら逆効果だ。


『…介護やってんだよね。』


『へー。一番手堅いじゃーん。』

松見が抑揚のない声で言う。

いらないよ、そうゆう気遣い。


そしてこの返しは予想が出来ていた。


介護士をやっていると言えば大概「手堅い」だの「安定している」だの、はたまた「優しい人なんだね」だの言われる。


だがこれらは所詮侮蔑をオブラートで包んだ言葉なのだと思う。

卑屈ではなく本気で。


彼らが幾ら給料を貰っているか分からないが、俺のそれは同世代の平均と比べても低い。


それは世代が上がるにつれ、平均との差は歴然となる。

それが介護業界なのだ。


キツい、汚い、給料やすい、3Kと呼ばれる介護業界に敢えて飛び込んだのには訳があった。


高校を卒業し、以来俺は一度も就職をしなかった。


気が向いた時にだけ登録制アルバイトで工場などに派遣され、目が飛び出るほど安い賃金で働いたことはある。


が、如何せん性格が災いしてその生活から抜け出せなかった。

派遣のアルバイトであれば、大概一期一会の職場なので気が楽だったが就職するとなるとそうはいかない。


人付き合いが嫌いだし、なにより同世代の人間が怖い。

理由は自分でも分からない。


『でもさ、ぶっちゃけ介護ってどうなの?』

吉岡が無神経な質問も浴びせてきた。


お前、俺のためにセッティングしてくれた会だろうに…。



『んー、まあうちもブラックだよ。』

言わずもがな給料面の事を聞かれたのだと思ったが、そこはお茶を濁した様な回答で済ませた。



そこからはもちろん俺を絡めて話が広がることはなかった。


皆は皆で楽しそうだ。そう思うことにした。


終盤で鍋が運ばれてきたので、お玉から一番近い俺が気を利かせて皆によそった。



『おっ、さすが介護士ー!』


吉岡の言葉に俺は何故か怒りを感じた。

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