第108話薔薇の妖精4

 私の顔のすぐ横に雷が落ちたのに、布団は焦げていない。シャールーズの持つ不思議な神の力なのだろう。雷が落ちた衝撃だけは私の右頬で感じた。


「いや、あの時は……」


 あの時は、前世の記憶を思い出していたのだ。前世で、私はジョシュア王子に恋をするはずだった。薔薇園で助けてくれた男の子を、お茶会で会ったジョシュア王子と勘違いして。まさに、恋に恋している状態だったのだろう。


「薔薇園で会った男の子がジョシュア王子に似ていたな、と思って」


「ほう」


 シャールーズの体にまとっている雷が、また放電した。シャールーズは、私の体の上に馬乗りになり、見下ろしている。


 しまった!言葉選びを間違えた。


「いえ、その……薔薇園で会ったのはシャールーズだって分かっているけれど、あの時の話し方の雰囲気はジョシュア王子に似ていたな、と思いまして……」


「それで?」


 シャールーズは、私の言葉に嘘、偽りがないか見通そうと、ルビーのような瞳を煌めかせている。


「そこから、ジョシュア王子に発想が飛びました」


「で?」


「えっ……えっと……ジョシュア王子は、顔も良く、人柄も良く、身分はこの上ないほどの人であったのに、何故か、私は惹かれなかったと思いました」


 シャールーズの威圧の所為で、私、話し方が作文のようになっている。頭があまり回っていない気がする。

「それで?」


「そ、それで!?……えっとですね、それで、ジョシュア王子は良い人だったけど、恋をする相手ではなかったと思いました!終わりです!!」


 もう、シャールーズの「それで?」攻撃を止めたい。言葉に詰まると、雷は落ちるし薔薇の蔦の拘束がきつくなる。雷も、薔薇の蔦の拘束も、シャールーズの感情に支配されているのだろう。


「ジュリアは、ああいう優男の話し方が好きなのか?」


 シャールーズは納得してくれたのか、薔薇の蔦の拘束を解き、私を起き上がらせてくれた。まだ、少しシャールーズは雷を帯びている。


「どうでしょう?シャールーズに薔薇園でプロポーズされたときは、物語の王子様みたい、と心躍りましたわ」


 私は雷を帯びているシャールーズにそっと抱きついた。私は、薔薇園で助けてくれた男の子が、シャールーズだと気がついたおかげで、運命を変えることができたのだ。

 私にとって、シャールーズは物語の王子様以上に、素敵な人だ。

 私は、シャールーズの胸に右頬を当ててゆっくりと深く呼吸をする。シャールーズの体臭と柑橘系の香水の混ざった香りがして、胸の奥がきゅんとする。


「二回目に会ったとき、別人みたいに話し方が変わっていたけど、理由はあるの?」


「繊細な薔薇の妖精を守るには、俺自身が強くなければならないと思ったら、あんな話し方はしていられない、と変えた」


「え?そうなの?」


「なんだ、その残念そうな顔」


「試しにあの時みたいな話し方してほしい」


 私は、シャールーズにお強請りをすると、彼は呆れたようにため息をついた。シャールーズは、ぱっと顔の表情を切り替えて普段の勝ち気な表情ではなく、優しさ溢れる笑顔になり、私の右手を手に取った。


「僕の美しい薔薇の妖精姫。今から、夫婦の時間としませんか?」


 私の右手をシャールーズは自分の口元にもっていき、ちゅっと音が出るように、私の手の甲にキスをする。そのまま私の人差し指をぺろっと舐めあげた。


「はい。どうぞ」


 まるで、物語の王子のような物腰と話し方にすっかりぼうっと見惚れてしまう。普段の勝ち気なシャールーズの表情も良いけれど、優しくちょっとおっとりしたような表情もいい。


「おい、いつもより反応が良いのが気にくわない」


 シャールーズは、物語の王子を演じるのを止めてしまったのか、普段通りの勝ち気な表情を不機嫌にして、私を軽く睨んだ。


「だって……シャールーズのああいう表情……新鮮でかっこいいんだもの」


 私は言い終わらないうちに、シャールーズに押し倒された。



●○●○


 軍事式典は、無事に終わったようだ。この国では、王妃といえど、軍事関係の式典には一切出席することができない。昔からの伝統だそうだ。

 代わりに私は、私にしかできないことでシャールーズを支えていきたいと思う。


 前世の知識だってあるし、ランカスター王国にはあって、ナジュム王国には無いもの、それでいてナジュム王国の発展に繋がりそうなものだって、きっとあるはず。

 そういうのを旨く混ぜ合わせて、何かできたらきっとそれは、素敵なことだと思う。


「そういえば、ランカスター王国では、薔薇の栽培が盛んに行われているし、それ以上にナジュム王国でも薔薇の栽培は盛んに行われている。……ランカスター王国で薔薇はおもに香水として使われていて、ナジュム王国では、食用に使われている」


 ナジュム王国は、薔薇の香りを水に溶かして、薔薇水として飲むこともあるし、クッキーを焼くときに薔薇水を使って粉を練ることもある。何かと薔薇を口にすることが多い。


「薔薇の加工技術は、ナジュム王国の方が頭一つとびぬけてるんじゃないかしら?これ絶対、ランカスター王国で貴族相手に売ったら、儲かるわ。国庫が潤う……!」


 私は、薔薇を加工した製品を輸出する計画を立て始めた。出来上がった計画書をシャールーズにみせて、驚かれるのは、また、別の話。


 願わくば、シャールーズにとっての薔薇の妖精姫がずっと私でありますように。

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婚約者に処刑されそうなのでフラグ回避したい 橘川芙蓉 @fuyo_kikkawa

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