第96話夜空の下星空の中で


 私が慌ててバルコニーに出て行くと、シャールーズがバルコニーの柵を越えてこちらにやってきた。足下には、宙に浮いている絨毯が。


 あ、魔法の絨毯作ったんだ!


「夜空の散歩に行こう」


 シャールーズが私に手を差し出す。私は先ほどまで眠れなかったことを忘れて、シャールーズの手を取った。

 肌触りの良い絨毯に二人で並んで腰を下ろす。絨毯は徐々にスピードを上げて、王都パルヴァーネフの上空を飛んだ。


 空には満天の星が広がり、眼下にはパルヴァーネフの街並みが広がる。風が吹きさらすのに、寒さを感じない。

 あっという間に砂漠に出る。星空と砂の海の間に絨毯に乗った、シャールーズと私しか居ない。


「信じられない……!夢みたい」


 砂漠を旋回し、今度は海へと向かう。馬車で何日もかかる道のりが、この絨毯だとあっという間だ。


「どうしたのこれ?」


「錬金術で作ったんだ。欲しいと言っていただろう?」


 少しだけ絨毯のスピードが上がる。私は息をのんで、シャールーズにしがみついた。シャールーズはソレを狙っていたようで、私の肩を抱き寄せる。


「私たち、流れ星みたい!」


 これは、相当早い。絶対、今、地上から空を見上げた人が居たら、流れ星だと思うわ。これ。

 目前に、海が広がる。紺碧のどこまでも続く海原で、吸い込まれそうだ。

 ギティの上空も飛んで、再びパルヴァーネフに戻ってくる。

 私の部屋のバルコニーに、到着した。シャールーズが私の手を握って、絨毯から降りるのを支えてくれる。


「ありがとう、シャールーズ」


 私が落ち込んでいるのを知って、連れ出してくれたのだろう。

 シャールーズは、いつになく真剣な表情で、私の両手をぎゅっと握った。


「俺は、ジュリアを宝石のように家の奥に仕舞っておくことが出来ない。俺が見たもの、聞いたものをできる限り共有したいと思っているし、知ったこと、感じたことがあれば言ってほしい。今日みたいに、辛いことだってあるかもしれない。それでも」


 シャールーズは、言葉を切って大きく息を吸い込んだ。


「俺の側にずっと居てくれないか、ジュリア」


 ランカスター王国の作法のように片膝をついて、結婚の許しを得るようなプロポーズの方法では無い。私はナジュム王国のプロポーズの方法を知らない。


 それでも、私を対等に扱おうとしてくれているシャールーズがぎゅっと私の手を握って言ってくれる言葉は、世間から見たら常識外れかも知れないが、私にとっては、かけがえのない言葉だ。


「はい。シャールーズ。ずっと側に居ます」


 私は、目から涙をこぼした。嬉しくて泣けることがあるのだと、今日、初めて知った。シャールーズが私にそっとキスをする。





「この絨毯、ジュリアに贈るよ」


「え?いいの。ありがとう!」


 魔法の絨毯では無くて、錬金術の絨毯か。どこへ飛んでいこうか。


「この絨毯の存在は、俺とアフシャールしか知らない。ジュリアを入れて三人。もし、罪人が処刑日の明日、姿が消えていたら……神が罪を許した、と思うだろう」


 シャールーズは、私の部屋から自分の部屋へ戻るとき、そう言って、部屋の扉を閉めた。


 え?これは、……つまり、そういうこと?


 私は使用人控え室に居るアンナを起こして、すぐに少年の姿へと変装した。

 アンナ、ごめん。今度、絶対お給金をプラスする……!


 私は錬金術の絨毯に乗って、ナスタラーンとマルヤムが軟禁されている貴族用の牢屋へ向かった。


「マルヤム、マルヤム……!」


 他の誰かに気づかれたらまずいので、窓から小声で簡素なベッドでうずくまるように寝ているマルヤムに声をかける。

 泣き疲れて眠ったのだろう。マルヤムの顔に涙の跡が見える。


「ジャムシド……!あんた、何しにここに」


「良いから、ナスタラーンを連れてこちらに」


 成人男性だったら通るのは辛いが、細めのナスタラーンと、まだ少女であるマルヤムなら、通れるぐらいの窓がある。


「この窓から外に出て」


「死ねって言うわけ!」


「ほら、こっち見て」


 マルヤムは、私が空を飛ぶ絨毯に乗っていることに気がついて、声を上げた。


「静かに!はやく絨毯に」


 マルヤムは、ナスタラーンを連れて窓から絨毯に飛び降りた。二人がちゃんと絨毯に座ったことを確認して、私は絨毯を出発させる。


 空の闇が一段と深くなる。もうすぐ、夜明けだ。


「どこに行くの?」


「生きているのなら、平民でも良い?」


 私は、錬金術の絨毯のスピードを上げた。砂漠を越えたところで、地平線から朝日が顔を出した。


「お母様と一緒なら!」


 マルヤムの顔が晴れ晴れとしていて、朝日に輝く。私は、進路をランカスター王国の王都ロンドニウムに向けた。


 アミルの商会の建物の蔭でひっそりと絨毯を降ろす。


 朝日が昇ったばかりだけど、緊急事態だし、いいよね。


 私は、商会の扉を思いっきり何度も叩いた。何度も叩いて、ようやく眠たそうな顔をしたアミルが現れた。

「きみ、もしかしてジュ……!」


 私は慌ててアミルの口を両手でふさぐ。


「いいから、僕の頼み聞いてくれる?」


「朝から訪ねてくる人の言うことじゃないよ」


「この二人、この商会で雇って」


 私は、私の背後に居る二人を紹介した。


「訳ありって事?」


「そう。ナスタラーンは舞台女優だったから、平民としての生活はできる。マルヤムは課題があるけど」


 アミルは、ナスタラーンとマルヤムを上から下まで見ると、ため息をついて言った。


「わかった。今度出す店が、女性客をターゲットにしたスイーツ店だから、店舗スタッフにする」


「ありがとう。宿も無いから、商会の寮にでも入れてあげて。じゃ」


 私は、他にも何か言いたそうなアミルを置いて、空飛ぶ絨毯に飛び乗った。あれ以上一緒に居て、いろいろ余計なことを聞かれても困る。


「ありがとう!ジャムシド。大きくなったら、私が結婚してあげても良いわ」


 マルヤムが頬を赤く染めて、私から視線をそらしながら言った。


 あー……うん、大きくなっても結婚できないと思うんだ。



●○●○


 王宮に帰り着く頃にはすっかり日が昇っていた。結局徹夜をしたわけだけど、私はすっきりとした気持ちだ。


 今日、私はランカスター王国に帰国する。

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