第95話あなたは人間じゃない
ゾーイお義姉様は、もともと警備隊出身でお兄様と結婚後は、デクルー家の領地で暮らしていたのだけれど、社交シーズンになってお兄様と供に王都ロンドニウムに戻ってきたのだ。
戻ってきたときに、ちょうどこの合同捜査の話があり、交渉役に適任だろうと抜擢されたらしい。実際、強襲するときには、現役の警備隊の隊長さんが指揮を執る。
ゾーイお義姉様が私に気がついて、名前を呼ぼうとするので、私は手でぱたぱたと振りながら名前を呼ばないで欲しい、と念を送った。
ゾーイお義姉様は、勘のいい人だったので名前を呼ばすにっこり微笑んでくれた。
作戦会議が終わり、強襲するのは真夜中だ。私は助け出された女の子達の世話をする役目を仰せつかった。前線で戦うのは無理なのでちょうど良い役目だ。
なんの物音も立てずに建物を取り囲む。アフシャールの合図と供に、表口と裏口から一斉に兵士達が強襲する。
すぐに大きな物音と、人の怒号、剣戟が聞こえる。裏口から続々と、女の子達が出てくる。私はその子達を出迎えて、安全な場所に案内した。
流石、いつも訓練しているだけあってすぐに金糸雀倶楽部は無力化し、制圧した。
伯爵と呼ばれていた人物と、ホールドン男爵は取り逃したが、他の関係者は全員捕縛し、重要書類はほとんど抑えることができた。
あとは証拠が彼らを追い詰めるだろう。
「では、約束通り、マルヤムは我が国に連れて帰る」
アフシャールが助けられた女の子達の中からマルヤムだけを連れ出した。
他の女の子達が自分たちも着いていきたい、という。
彼女たちの身柄はいったん、ランカスター王国の警備隊預かりになり、簡単な調書を取ったあと親元に帰される手続きがなされる。でも、彼女たちは、お金のために親に売られたのだ。戻る場所がある者たちの方が少ない。
「だったら、我が領地へ来ると良い。我が領地は、今鉄道の沿線で再開発している。働き手が欲しい。働きながら学校に通うことだってできる」
ゾーイお義姉様が、行くあてもなく不安そうにしていた彼女たちに力強く言った。
彼女たちがこうも簡単に身売りをすることになってしまったのは、働き口が無かったことも原因の一つだ。読み書きが出来ないのはそれだけで、働き口が減ってしまう。
アミルがあの時のアドバイスに従って、学校を建ててくれたのだろう。
彼女たちは社会の弊害の犠牲者で、私たち権力者は哀れむことはできるけれど、解決策を何も打ち出せてこなかった。
私の前世の知識を、こういうことに生かせたらどんなに良いだろう。
○●○●
マルヤムを連れて砂漠を越える。マルヤムとは仲良くなったが、私のことを男の子だと本気で信じているし、マルヤムの父親が反逆罪で捕まったことは伝えていない。
両親のいる祖国に帰っても、待っているのは死だけだ、などと言えるわけがなかった。
王都パルヴァーネフの王宮で、マルヤム救出の報告を謁見の間で行った。シャールーズは、私たちの報告に満足したようだ。
「マルヤム」
「はい、陛下」
マルヤムが少しの憧れを持ってシャールーズに返事をした。
誰だよ、シャールーズはモテないって言ったのは。充分、乙女を惑わしてる……!
「シアーマクが俺を裏切った。反逆罪で捕らえている」
「そんな……!」
シャールーズは兵士達に合図を送ってマルヤムを捕まえた。
マルヤムは抵抗もなく、兵士達に捕らえられたまま私の方を睨んだ。
「知っていたのね。反逆罪として捕まることを知っていて、私を連れてきたのね……!」
「知っていた」
「酷い!人間なの!!処刑台に送るために助けるなんて、あんたなんて人間じゃ無いわっ!」
わめき散らすマルヤムに、取り押さえていた兵士達が慌てる。兵士達は、私が誰だか知っているのだ。私は、マルヤムにはずっとアフシャールの愛人美少年ジャムシドとして接してきた。
「マルヤムを牢へ連れて行け」
シャールーズは、少しの怒気を声に混ぜて兵士達に命じた。
「ジュリア、ご苦労だった。旅装を解き、今日はゆっくり休め」
私はシャールズに一礼して謁見の間を後にした。
●○●○
二日後には、私は帰国の途につかなければならない。留学期間が終わるのだ。その後、すぐに卒業式が待っている。
私は、眠らなければ為らないと思いながらもなかなか寝付けなくて、ベッドの上をごろごろ転がった。
マルヤムの悲痛そうな叫び声が忘れられない。マルヤムは、家族とともに明日処刑される。
シアーマクは、覆せないほどに、ナジュム王国を裏切っていて国防の情報をランカスター王国に売っていたのだ。本人も裏切ったことを認めている。反逆者だ。反逆は一族郎党皆殺しがこの国の法律だ。
ランカスター王国もそうだ。
「ジュリア……起きているか、ジュリア」
窓の方からシャールーズの呼びかける声がする。私はベッドから起き上がり、窓の方へ行くとシャールーズがいた。
窓の外、バルコニーより向こう。空中に、浮いて。
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