第93話ホールドンの尻尾を掴む
まさか、ナジュム王国でシャールーズを誘惑しなくなってきたと思ったら、城下でそんなことをしていたとは……。
詐欺行為なんだけど、これって「言った、言わない」問題になりそうだから、物的証拠を掴みたい。
「仕事紹介なら、契約書とかあるの?」
「契約書……?ここに連れてこられるのに何かを書いた覚えは無いわ」
「どうやって連れてこられたの?」
「アリエルに集合場所と時間を言われて、そこに行ったら、馬車が待っていて有無を言わさず連れてこられたの」
気楽な口調で言っているけれど、これって誘拐にあたるんじゃ……。
「アリエルは一緒だった?」
「ここに来るまでは一緒だったの。この館についてアリエルは男の人から金貨の入った革袋をもらって出て行ったわ」
人身売買?
「お金を渡した男は誰だか分かるか?」
「さぁ……?私たちは、マスターって呼んでいるの」
金糸雀倶楽部の主催者か、それともこの高級娼婦店の営業主か。同一人物って可能性もありそう。
アリエル・ホールドンついにこういうことまで手を出し始めたのか。
ホールドン男爵家ってこういうことをしなければならないぐらい家計が火の車だったかしら?たしかに領地は半分になったけれど、慎ましやかな生活をしていれば生きていけるはず。
そもそも、男爵家の社交に必要なドレス代なんてそこまでお金をかけるべきでは無い。男爵家の社交の招待客のほとんどは、爵位を持たない騎士や同じ男爵家止まりで、間違っても贅沢な衣装が必要な侯爵家や王家が呼ばれるわけがない。
お金が必要な理由が何かあるんだわ。
「そうだ、ここにナジュム王国人で、マルヤムていう子がいるんだけど、知らない?」
「さぁ?私達は、屋敷の奥に行ってはいけないと言われているの。あるとしたら、そこかしら?」
私は、手のひらに金貨を二枚乗せた。口止め料だ。
「ありがとう。あなたのような人はここに何人いるの?」
「10人ぐらい」
討ち入りした時に、先に逃がしておかないと邪魔になりそうな人数だ。
ローザは部屋の出口で優雅に一礼して出て行った。
「ここって二階の一番奥の部屋よね?」
個室を借りた時に、廊下の作りからここが一番奥の部屋であることを確認している。でも二人とも「屋敷の奥」には行ってはいけないと言われていた。
屋敷の奥って何かしら?
「隠し部屋にしては、みんなが知っているのはおかしい。一階に奥があるのだろう」
一階は普通のサロンとして使っているという説明だったので、私達は歩いていない。廊下をちょっと歩かしてくれれば、隠し部屋がわかるかもしれないのに。
「今日の所は引き下がったほうがいいかも……」
アフシャールが、言葉を切って窓の外を見た。私もつられて窓の外を見る。
この屋敷の裏口が窓からは見える位置で、一台の馬車が乗り付けられている。辻馬車ではない。四頭立てで家紋は入っていないが、貴族の馬車だ。
馬車から一人の人物が降りてくる。身なりのいい紳士だ。
あれは、ホールドン男爵。
「丁度いい、何をしに来たか探ろう」
アフシャールは、私と自分に緑色の粉末を頭の上からふりかける。
「人目につきにくくなる作用のある粉だよ」
私がむせ返っていると、アフシャールが説明をしてくれた。これ、全身緑色していて危ない人だから声をかけるのを止めておこうって思うから誰の目にも止まらない、とかじゃないよね。
私たちは、そっと一階へと降りていった。
ちょうど、ホールドン男爵が一階のサロンに案内されている所だった。
私たちはその後ろをついて歩く。誰にも咎められないで、サロンの中に入れた。
この緑色の粉すごい。
ホールドン男爵をサロンで出迎えたのは、ホールドン男爵より少し若い年頃の紳士だった。
ホールドン男爵よりも服の布地に金をかけているので、男爵よりも身分が上かもしれない。
そういえば、ここって「上級紳士のための社交クラブ」というのが売りだったはずだが、男爵は上級貴族ではないんだよなぁ。
上級という言葉で自尊心をくすぐっているのだろうか。
紳士二人は、お互いに簡単な挨拶をしてソファに座った。雰囲気的に、長年の知り合いといった感じ。話をするテーマも予め決めていたみたいで、あれこれ詳しい説明もなく話しが進んでいく。
ちょっとよく分からない所もあるけれど、何かの売り上げか、領地での税収か、お金の話みたい。ホールドン男爵が、一方的にプレゼンしてる。
「では、その売買契約書は?」
「これでございます。伯爵様」
男爵が取り出したのは、何かの売買の契約書で、誰と誰の契約書なのかがわからない。契約書の甲と乙にあたる部分に名前が書いてない。
これ、契約書として成立してないのでは?
私の心配をよそに伯爵と呼ばれた男性は、よくやったと褒めている。
この伯爵、そういえばクリスタベル王妃に似ている気がする。
「シアーマクはどうなった?」
なんで、ここでシアーマクの名前が出てくるの?
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