第92話引き摺り込む者


 手のひらに乗せられた金貨に、ラーレフは息をのんだ。金貨一枚で平民が一ヶ月食べていけるのだ。高級娼婦とはいえ、稼いだお金はほとんど上の者が搾取する。それがチップとして金貨を手に入れることが出来るのだ。


「さ、教えてくれるね?」


 ラーレフは頷いた。


「僕たちは、ナジュム王国のマルヤムという女の子を探している。高貴な出身だ」


「名前はわかりませんが、一人、とんでもない上物だと、女の子が連れて行かれたのを知っています」


 上物というと美人ってだけかもしれないしな……。


「その女の子がどうしたかわかる?」


「屋敷の奥に連れて行かれて……お客は取っていません。なぜだか分からないけれど、あの控えの間には来ないんです」


 会ってみないと分からないか。


 アフシャールが、もう一枚ラーレフの手の上に金貨をのせた。


「その女の子の居る場所を教えて」


 ラーレフが屋敷の見取り図を書いてくれた。絵もうまいし、字も書けるということはラーレフも結構、身分が高い娘かも知れない。


「ラーレフは、なぜここに?」


「遊びに行く途中で攫われて、気がついたらここに。お客を取らないと怖い目に遭うけど、お客さんに褒められたら、美味しいご飯も食べられるから悪くないかなって」


「家族が心配してると思うよ」


「心配してないと思います。家族から手紙が。店の借金を帳消しにしてもらったので、戻ってきてはいけない、と言う内容でした。私は、両親に売られたのです」


 何の感情も示さない表情で、ラーレフは言った。突然攫われて、両親からの手紙で自分が売られたことを知った気持ちは、計り知れない。


「ほかの女の子達のことは知ってることある?」


「……そうですね……。みんな大体境遇が似ていますね。そういえば、何人かの女の子は、知り合いに騙されたって言ってました」


 身内が裏切って売り飛ばされたのかな?とはいっても、ここは秘密裏に営業している場所だ。そんなに噂にはなっていないはず。


「親族に裏切られたってこと?」


 アフシャールも気になったのか問い返した。


「いえ、その……知り合いの女の子に『割の良い就職先があるから紹介する』って言われたと」


 まさか女の子が秘密倶楽部の高級娼婦宿の娼婦として斡旋するとは思わないから、信じて来ちゃったんだろうな。

 悪質すぎないか?


「その女の子の名前、わかる?」


「いえ……そこまでは。あの部屋に居た、ローザやイリスに聞けばわかると思います」


 アフシャールは、ラーレフの手の上にさらに一枚金貨を乗せた。


「ローザかイリスを呼んできてくれる?」


 ラーレフは、手の上の金貨に目を輝かせた。


「旦那様方のご随意に」


 優雅に一礼して部屋を出て行った。



○●○●


 ラーレフに連れられてやってきたのは、一人の少女だった。黒髪にすこし薄めの小麦色の肌、青い瞳。やっぱり美少女だ。


「ローザと申します。旦那様方」


 ラーレフと同じように深々とお辞儀をする。ラーレフト同じようにソファに座らせて、片手に金貨を一枚乗せる。


「僕たちは、いくつか君に質問をする。だけれど、僕たちと話したことは口外してはいけない。情報の価値に合わせて、金貨を上乗せしていく。いいね?」


 私は、まだ金貨があるよ、というように金貨を一枚、手の上で転がして、懐にしまった。


「ローザをここに誘った相手のことが知りたい」


 アフシャールがローザに質問をする。


「学校の友人です」


「学校?どこに通っていたの?」


「パルヴァーネフの錬金術学校です」


「まさか王宮内の?」


「いえ、そんなに優秀じゃ無いです。パルヴァーネフには、錬金術のレベルに合わせた学校があります。私は一番下の学校に行ってました」


「そこのお友達?」


「ええ、ちょっと変わっていました。錬金術はできないけれど、夢見がちで王子様や王様と結婚するって言っていました」


 そんなこと言いそうな知り合いが一人いるな。


「留学生だったりする?」


「彼女、有名だったんですか?そうです。留学生です」


「アリエル・ホールドン」


 私は、王子様と結婚すると夢見がちな発言をしそうな女性の名前を言った。

 ローザは、正解です!と無邪気に笑った。


 

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