第94話私なら処刑台を選ぶ
「シアーマクは、娘を人質にして脅しましたが、効果はありませんでした」
シアーマクは、マルヤムを人質に取られて、ホールドン男爵に脅迫されていたのか。
「国を裏切るように説得するのに、骨が折れました」
「最終的には裏切ったのだな」
「ええ、ナジュム王国の宰相の地位と引き替えに。娘の命はどうでも良いが、宰相の位は欲しいとは、娘が可愛くないのですな……」
てっきりシャールーズへの忠誠で脅されても屈しないのかと思っていたら、娘では脅迫の材料にはならなくて、ナジュム王国の宰相の地位と引き替えで裏切ったのか。
帰国したら、シャールーズに報告しなくちゃ。
「あの娘が人質にならないとしたら、ただ置いておくだけでは割に合わないな」
「貴族の娘が娼婦に転落、というのは人気があります。高く売れるでしょう」
マルヤムはどこにいるのか言ってくれないかな。
「そうだな。今日の目玉商品として並べるか」
伯爵は使用人を呼び出して、マルヤムを二階に移動し、着替えさせた後中央の部屋へ入れるように命じた。
「それでは、伯爵。私はこれで」
「今後も頼りにしているよ」
「偉大なる我が君、ありがたき幸せ」
ホールドン男爵が、伯爵に対して丁寧すぎる礼と尊称を口にして部屋から去って行った。アフシャールが不思議そうにしているが、一緒に出て行かないとサロンから出られなくなりそう。
アフシャールを促して、ホールドン男爵のすぐ後ろについて、サロンから出た。
ホールドン男爵と伯爵の会話はずっとランカスター王国語だったし、尊称の使い方はネイティヴでも正しく使えない人だって多い。
ホールドン男爵のあの呼びかけは、あきらかにわざと言っていたし、伯爵を国王と同位だと男爵は思っているわけだ。
絶対、なにかよからぬことを考えてそう。
アフシャールと二階の個室に戻ってきた。緑色の粉の効果を消すには、アフシャールが持っている紫色の粉をかけてもらう必要があるらしい。さきほどと同じように紫色の粉を頭からかけてもらう。
「マルヤムを助けに行こう」
「……助けた方が良いかな?」
アフシャールは、困った表情をしている。
「どうして?」
「シアーマクは裏切り者だ。シャールーズは裏切り者には容赦しない。一族郎党処刑だ。マルヤムも処刑する」
「まだ、裏切り者と決まったわけじゃ……」
「決まりだろう。物的証拠は、ナジュム王国で探す」
ホールドン男爵の口ぶりからして、シアーマクはナジュム王国を裏切るつもりなのだろう。おそらく、シアーマクの邸宅を捜索すれば、裏切るように唆された手紙だってでてくるはずだ。
「ナスタラーンと、マルヤムを助けるわけには行かないの?」
「例外は認めない。シャールーズは国王になって日が浅い。つけ込まれる隙をみせてはいけない」
このまま高級娼婦として生きていた方が良いのか、祖国に帰って裏切り者の一族として汚名を背負って処刑された方が良いのか。
わからない。どちらも、選べない。
「ジュリアなら、どうする?」
私だったら……。
「汚名を背負って一族と供に処刑されるわ。私はデクルー家の娘だもの。育ててくれた両親と兄弟と死んでいくわ」
ああ、そうか。だから、ゲームのジュリアも言い訳もしないで、処刑台を上ったのか。
「わかった。助けよう」
アフシャールと、救出作戦を立てることにした。マルヤム一人だけを助けるとなると、他の少女たちが邪魔しかねない。どうせなら、少女達全員を助けるほうがよい。
強襲は今夜。正面入り口と裏口に兵士を配備し、別働隊が、少女達を保護し速やかに館から出る。関係者を残らず一網打尽にする。
ここは、ランカスター王国なので、配備する兵士のほとんどがランカスター人である。合同捜査という名目でなんとかランカスター王国内の調査をナジュム王国人がしているのだ。
たった数日で合同捜査にもっていったアフシャールの手腕がすごい。それとも、シャールーズが事前に申し入れをしていたのだろうか。
「ランカスター王国の代表者がこちらに来ています」
金糸雀倶楽部の近くの空き家が合同捜査本部となった。アフシャールの従者が、来客を告げた。
ランカスター王国の代表者って誰だろう。
部屋に入ってきたのは、栗色の髪を後ろでまとめた女騎士だ。
「え……ゾーイお義姉様……?」
ランカスター王国の代表者としてやってきたのは、お兄様の花嫁となったゾーイ様だった。
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