第82話マジカルツアーへ


 ギティについて、まずは滞在先に移動した。シャールーズはしれっと案内してくれたけれど、連れてこられたのは、私が家族とギティに来たときに滞在している別荘のすぐ近くだった。

 シャールーズも以前から、夏になるとこの屋敷に滞在していたのだそうだ。ということは、シャールーズと以前会っていたときも、こんなにお互い近い所に居たのか……。


「まず、マジカルツアーの概要を話しておこう」


 私の部屋にと割り当てられたベッドルームで、シャールーズが切り出した。


「この近くにランカスター王国のとある貴族の別荘がある。こちらで調査したところ、持ち主が滞在するのは年に1回程度、一ヶ月ほど。ちょうど、今みたいな夏のバカンスの時期だ」


「うちと変わらないわ」


「ここは観光地で人気だから、そういう貴族はたくさん居る。シーズンオフ時も手入れもかねて使用人達が住んでいるから、いつ来ても大丈夫になっている」


 今のところ、なんの不審もない普通の別荘の話だ。


「ここからが、問題だ。夜な夜なうなり声と悲鳴が聞こえる」


 一気にホラーじみた話になってきた。


「ご近所にまで響き渡ってるの?」


「ご近所もそうだが、うなり声と悲鳴が不気味だと辞めていく使用人もいる」


 でも、そんなに出入りが激しいなら、別荘の持ち主がおかしいと思って、対策をすると思うけれど。じゃないとその貴族の評判まで下がってしまう。


「そのうなり声や悲鳴は、別荘の持ち主も知っているけど放っておいているのね」


「その通りだ。うなり声はともかく、悲鳴は、セイレーンの声じゃないか、と言われてる。別荘に行くぞ」


 そんなに脅しておいて、平然と別荘に誘うとか、シャールーズって時折優しいのか、冷たいのか分からない。

 好きな女の子をそんなホラーな場所に連れて行く?



 私もシャールーズも、裕福な商人の令息、令嬢に見える程度の姿に服装を変えた。いつものように、シャールーズと手を繋いで歩く。


「ちょっと……だいぶ、雰囲気あるわよ」


 シャールーズが案内してくれているのは、高級住宅街の一角なのだが、明らかに雰囲気が違う。もう、数百年と築年数がたったような暗い雰囲気で、ツタが建物の半分以上を覆っていて、もじゃハウスになっている。

 ナジュム王国の建物だから、お化け屋敷の雰囲気は薄いが、これでランカスター王国の建造物だったら、泣くほど怖いお化け屋敷だ。


「いい雰囲気だろ?」


「度胸試しにはおすすめね」


 シャールーズは、私の表情をみてにやっと笑った。私が怖がっているのを察したようで、指を絡めて手を繋いでいたのを離して、私の腰に手を回して体をいつも以上にくっつけてきた。


「庭が見物なんだ」


 シャールーズは、通りを散歩していますといった雰囲気で、もじゃハウスの前を歩いた。柵越しに見える庭の様子は、整備されているがどこか薄暗さを感じた。 だが、庭園の中央部からは、わずかに光の粒が空へと向かって上がり、途中で消えている。あの光が立ち上るように消えていくのは見たことがある。


「魔法陣が庭に書かれているの?」


「そう。なんの魔法陣だかは調べられていない。理由も無く他国の貴族の屋敷は調べられないからな」


 二人で話していると、そのお屋敷の敷地は終わったみたいで、次の屋敷に変わった。歩いていた通り沿いに門はなかったので裏口の方を歩いていたのだろう。

 表から見ても、あんな怪しい雰囲気のお屋敷なのかしら?


 交差点で曲がって、今度は先ほどのお屋敷の表口の通りを歩く。件のお屋敷が見えてきて、私は声を上げそうになった。


 あのお屋敷、ペンリン男爵の別荘だわ!


 表口に面したお屋敷のたたずまいは、高級住宅街に相応しい、落ち着いた品のあるお屋敷で、庭の手入れもされている。

 そうなってくると、ますますあの魔法陣が気になる。

 隠したいような、やましい魔法陣だったら庭には描かないと思う。

 あそこにあると言うことは、見られても困るものじゃ無い、ということだ。あのホラーなお屋敷にみえる雰囲気は、魔法陣の所為じゃないって事か。


「気になるだろう?」


「気になるわ。何があの雰囲気にさせているのか、気になるもの」


「違法なことをしている、と証拠があれば踏み込めるが、尻尾は掴めていない」


 違法の証拠ってすぐに見つかるわけないし。内部告発を誘導してみるとか……潜入捜査をするとか。


「普通は、辞めていった使用人から事情を聞くとか、潜入捜査ということになると思う」


「そこで、ジュリアに頼みがある」


 シャールーズは、いきなり私の手を掴むと、路地裏に引っ張り込んで私を壁に押しつける。逃げられないように私を囲い、両脇の壁に手をつく。


「俺の手の者を何人か潜り込ませる。使用人としての推薦状が欲しい」


 私の首の下辺りを、指で優しく撫でながらシャールーズは言った。


「ペンリン男爵は、堅物でね。ランカスター王国の貴族の推薦状が無いと使用人を雇わないんだ。君の家名の推薦状が欲しい」


「お父様に頼めば良いのでは?」


 国同士の協力が必要であれば、お父様は無碍に断らないはずだ。


「正式に頼むと、ペンリン男爵に知られてしまうだろう。国王へ報告になるのだから」


 御前会議の議題に上がるので、貴族であれば知ってしまうことになる。


「……私は跡取りでは無いから効力は無いし、秘密裏にでもお父様に許可を取っていただきたいわ」


「もちろん、根回しは任せてくれ」


 

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