第39話王子のお迎え


 王子が私を庇ったのが気に入らなかったのか、ホールドンが、目に涙を浮かべ上目遣いで訴える。


「そんな、ジョシュア様は騙されています!私、わたし……デクルー様にいじめ……られて」


 最後は言葉にならない、といった感じで顔を覆って泣き出す。周囲の男子生徒たちが慰めているが、女子生徒はしらけた表情だ。


「名前で呼ぶのは止めてくれ、とずっと言っているはずだよホールドン嬢。あと、この国に居なかったのにいじめることは無理だよ」


 ジョシュア王子、良い奴……!死亡フラグだけども。


「侯爵様なんだもの、そんなのいくらだって、できるわ」


 やっぱり泣いている振りなのか、自分の弁護と私を陥れる内容は、確り発言している。あんなに大泣きしているのに、しゃっくりも出てきてないし。


「そろそろ授業が開始しますよ。ミス・ホールドン、騒ぎを起こしたことにより、10点減点」


 いつの間にか職員室からでてきたのか、ウィンダム先生が言った。さすがに減点されるのは嫌だったのか、ホールドンは、嘘泣きを止めた。


「さ、皆さんも次の授業の準備をしなさい」


 ウィンダム先生は手を叩いて、野次馬を解散させる。リッツ先生は、それを忌々しそうに見ていた。ホールドンも、ここにずっと居るのは得策ではない、と考えたようで、「また、後でね、ジョシュア様」と先ほどまで泣いていたとは思えない浮かれた声で、教室へと戻っていった。


「大丈夫かい?ジュリア」


「ありがとうございます、殿下」


「あとで、話をしよう。迎えに行く」


 ジョシュア王子は、私の耳元で囁くと軽く手を振って、自分の教室に戻っていった。私は、ウィンダム先生に再び案内されて、錬金術棟に向かう。


「職員室などの特別教室のいくつかは、この管理棟にあります。基本的に錬金術科の生徒は、錬金術棟ですべての授業を行います」


 ウィンダム先生は、回廊で繋がれた錬金術棟へ向かいながら簡単に説明をしてくれる。


「はい、これが貴女の錬金術棟への入場キーです。無くさないように」


 小さな宝石がついたブローチを手渡される。このブローチに特殊な術がかかっていて、錬金術棟への出入りが出来るようになっている。


「魔法学科の生徒も錬金術棟へ出入りすることは可能ですが、出入りできるエリアが限られています。その逆もしかりです。学年が上がれば危険なものを扱いますので、素人が出入りすると危ないので、入場制限を設けています」


 錬金術棟は三階建てで、どこかナジュム王国を思わせる幾何学模様のタイルが壁のポイントとして使われている。


「ここが、貴女のクラスです」


 案内されたのは、前世の知識によると「理科実験室」という言葉がぴったりの、水道が各テーブルにあって、周囲の棚には薬瓶が並んでいる教室だった。


「ベックウィズ先生、新入生をお連れしました」


 ウィンダム先生は、教室で教えていた先生に私を預けるとさっさと戻っていった。ベックウィズ先生は、ウィンダム先生とおなじ歳ぐらいで、年若い。女子生徒に人気がありそうな容貌だった。


「ああ、砂嵐なんて災難だったね。さ、お入り」


 私はベックウィズ先生に教室の前の中央まで案内された。自己紹介をしろ、ということのようだ。


「ジュリア・デクルーと申します。これから三年間、みなさまと共に成長していけるよう、努力いたしますわ」


 いつもの癖で礼儀正しい深いお辞儀をすると、クラスメイトたちから歓声が上がった。あ、そうか。錬金術学科は、平民出身が多いから、貴族の立ち振る舞いが珍しいのか。


「席は、そこ。いまからハーブの蒸留水の取り方を説明するから、教科書の10ページ開いて」


 「植物と錬金術」という教科書の10ページを開くと、私が以前、シャールーズに教えて貰ったラベンダーを使っての蒸留水の作り方が載っていた。





●○●○


 放課後、私はセイレーン寮に向かった。私は錬金術学科のセイレーン寮に割り振られたようだ。錬金術学科の寮は、全室にミニキッチンがある。錬金術の宿題を行うのにある程度の、実験環境が必要だからだ。大がかりなことをやるのであれば、実験室を借りる必要があるが、宿題程度なら自分の部屋でやってよい、ということらしい。また、学食もあるが、平民出身の錬金術学科の生徒たちは、すこしでも節約しようと自炊をしているようだ。


 私も、事前にミニキッチンがあることを知っていたので、ある程度の調理器具と食料を持ち込んでいる。貴族のお嬢様は料理はしないけれど、前世の記憶という知識がある私は、料理ができる。


 211号室が私の寮の部屋だ。ワンルームにロフトつきで、三畳ほどのミニキッチン。小さなシャワールームとトイレ付きなんて、贅沢な部屋だ。


 私がさっそく荷ほどきをしていると、館内呼び出しが流れた。魔法か錬金術か、そこらへんの術を駆使して館内放送みたいなことができるようにしてるみたい。


「211号室のジュリア・デクルーさん。談話室に殿下がお見えです」


 あ、本当に迎えに来た。

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