第38話ヒロイン登場
目の前のピンクブロンドの美少女は、まるで親しい人の死に目にでも会ったかのように、身も世も無く声を上げて泣いている。廊下を歩いていた生徒たちが、なんだと足を止めて野次馬の人数を増やしていった。
中には、泣かせているような立ち位置に居る私を悪者と決めつけて、言いがかりを付けてくる者たちも居るが、野次馬に紛れているので個を特定できない。
「名を、名乗りなさい」
普通、身分の低い者から高い者へは声をかけてはいけないのだ。ここは学校だから許されているのかも知れないが、名前を知らない人に色々言われたくはない。
「ひどい!そうやって、知らない振りをするのですね」
「私は本日が初登校です。栄えある王立魔法学校は礼儀知らずの集まりですか?」
「また、そうやってごまかして!私は、ただ……いじめるのをやめて欲しいだけなのに」
会話がかみ合っている気がしない。そもそも、いま、ここで初めて会った人を過去にいじめているとか、それは、人間ではない。
「何を騒いでいる!」
ウィンダム先生とは違う、体格の良い男性が職員室から出てきた。たぶん、魔法学科の教員だろう。ローブを着ている。
「リッツ先生……」
ピンクブロンドの女生徒は、憐れっぽい表情をして体格の良い男性教師に媚びを売っている。
「私、いじめられてて、謝って欲しいといったら……」
彼女は、顔を覆ってわっと泣き出した。リッツ先生は、鬼の形相で私を睨み付けると、あらん限りの声で怒鳴り散らした。
「貴様、か弱い女生徒をいじめるとは、卑怯者め!」
「いじめていません」
あまりの大声と圧力に怯みそうになるが、お腹の中心に力を入れて反論をする。
「口答えする気か!減らず口が」
何をする気か知らないが、リッツ先生は私の方に手を伸ばしてきたので、後退する。逃げたのが、さらに気にくわないのか、リッツ先生はさらに、激高する。周囲の野次馬たちも、卑怯者と私を罵り始めた。
……なにか、おかしくないか?
借りに、女生徒が「●●さんにいじめられてます!」と泣きながら訴えたとして、大人が一から十までそれを信じるか?普通、両方から事情を聞き出すだろう。
それが、ここは狂信的にあの女生徒の言うことを信じている。不気味だ。
「何をなさってるんですか?」
さらに、私に一歩踏み込もうとしてきたリッツ先生を遮るように、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……殿下、いえ、ホールドン嬢をいじめていた犯人が、しらを切るので、嘘はいけないと叱っていたところです」
リッツ先生は、姿勢を正して下手に出るように、ジョシュア王子に答えた。
ジョシュア王子は、ゲームで見たときと同じ容姿になるほど成長していた。だけれど、ゲームのスチルより少しだけ優しい顔立ちで、ゲームでは身につけていなかったピアスと髪留めのシンプルなクリップを付けていた。
髪留めは、王位継承権を表している紋が刻まれていて、この世で一人しか身につけられないものだ。ヒロインが、王子ルートでハッピーエンドを迎えたときでさえ、身につけていなかったのだ。ピアスは、まだ、私が婚約者候補だった頃に誕生日プレゼントとしてあげたものだ。
王子がゆっくりこちらに近づいてくるのに気がついたホールドン嬢は、泣き顔を王子に向けて走り寄った。
「ジョシュア様……、私、わたし……!」
慰めたくなるような、か弱い声を出して抱きつこうとするのを、ジョシュアがさっと躱した。まさか王子に避けられるとは思っていなかったのか、ホールドンは、廊下に頭から転んだ。野次馬たちが、慌てて彼女を助ける。
「入学おめでとう、ジュリア。遅かったね」
「殿下も、入学おめでとうございます」
ジョシュアは、私の前まで来てリッツ先生や、野次馬から守るように立った。
「こちらは、ジュリア・デクルー嬢だ。僕の婚約者候補。家の事情で入学式までに帰国できなかった。だから、この学校のことは噂以上のことは、知らない。それは僕が保証するよ」
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