第23話弟に錬金術をみせる


 ランカスター王国の貴族の子息令嬢というのは、学校に通うまでは、基本的に家で家庭教師に勉強を教えて貰っている。勉強といっても幅広く、ダンスやマナーのレッスンなども含まれている。


 私が12歳の時点で家庭教師に習っているのは、ランカスター語、ナジュム語、アールシュ語、バイオリン、ダンス、マナー、である。語学に偏っているのは外交官の娘という立場だからだ。週に二回は家庭教師による講義はないので、自由に過ごせる。


 以前は、適当に図書室で本を読んだり、中庭で遊んだりしていたのだが、最近、王宮で「お后様教育」が始まった。


 婚約者候補なので、本格的な教育ではなく貴族令嬢で高位の人に嫁ぐのだったら知っていて当然だよね、という勉強をしている。語学と歴史である。私は語学は免除になった。シベルとマーゴの三人で一緒に授業を受けるのだが、語学の授業で、私が流暢にナジュム語とアーラシュ語で話をしているのに、二人とも、ものすごく驚いていた。


 本当は、アーラシュ語は実践をあまり積んでいないからたどたどしいのだけれど、ナジュム語は長期滞在をしているおかげで、発音はかなり良い。


 おかげで「お后様教育」で王宮に向かうのは、歴史の授業だけとなった。


 そして、空いている貴重な日、私はお父様に買って貰ったアランビックを使って、錬金術でラベンダー水を作ってみようと思うのだ。


 ファルジャードさんの家で使ったアランビックよりだいぶ小さいけれど、銅製でちゃんと蒸留できるやつだ。


 錬金術専用の部屋がほしいとお父様にねだったら、何の用途で使っていたのか分からない離れを貰った。平屋建ての小屋と言うには立派な建物だ。普通の一軒家にも見える。内装もちゃんとしていて、キッチン兼ダイニングルーム、ベッドルーム、書斎と部屋割りされていて、水回りもちゃんとしていた。だって、バスルームまで完備されていたのだ。


 キッチンを錬金術用の作業部屋にすることにした。流しがあるのは便利だ。


 私が必要なものを、従僕達に頼んで離れに運び込んでいると、物珍しそうに弟がやってきた。


「姉上、何をしているの?」


「錬金術の練習をしようと思って」


 錬金術、と聞いてルイは面白くなさそうな顔をした。この国の人は「錬金術」を魔法の出来損ないだと思っていて、魔術より劣る学問だと一般的には考えられている。


「僕、見に行ってもいい?」


「魔法が好きなら、面白くないわよ」


 驚いたことに、ルイは錬金術を見てみたいという。でも、魔法ほど派手ではないし、ナジュム王国の文化を蔑むような考え方を植え付けられてしまったルイには、面白くないだろう。


「あの……僕、お父様とお約束をして。自分の目で見たもので価値を決めるって。だから、その」


 自分の目で見て、「劣っている」と思ったら、ずっとそれを劣ったものだと思って、非難し続けるのかしら?本当は、自分にとっては受け入れられないことでも、相手の文化であれば尊重することが大事だと思うのだけど。ルイはまだ10歳で、大きくなったら分かってくれるのだろうか。


「わかったわ。危ないから離れたところからならいいよ」


 ルイの、変わろうとしている努力を潰してしまうこともないだろうと、私はルイを離れに案内した。



 この間と同じ手順で、ラベンダーを蒸留していく。ふんわりとした花の香りに、向かいに座っているルイの表情も穏やかだ。


 できあがったら、あとでラベンダー水入りの瓶をあげようかな。


 最後まで蒸留しきったのを確認して、ラベンダー水入りの瓶にコルクで蓋をする。前回は同じ量のラベンダーで1本しか蒸留できなかったが、今回は3本も出来た。


 ちょっとずつ腕前は上がってきてそうだ。


 目をきらきらさせて、ラベンダー水入りの瓶を眺めているルイに、一本差し出した。


「いいの?」


「どうぞ。化粧水とかに使うんだけど……ルイは化粧の習慣がないから、顔を洗うときの水に少し混ぜてみるといいわ。花の香りがして、気分も良いの」


「ありがとう姉上」


 嬉しそうに瓶を手に持ってルイは、母屋に戻っていった。


 私は簡単な後片付けをしてから母屋に戻った。ベッドルームがあることだし、ちゃんと寝られるように準備しておけば、一日中籠もっていられるわね!


 学校へ行くまでに、錬金術で家を出るだけの資金を貯められるか検証したかったので、ちょうど良い。ラベンダー水だけだと、儲けはでないだろう。


 今度市場調査もしてみたいんだよねー。貴族の流行はなんとなーく分かりそうなんだけれど、平民の間での流行廃りは、屋敷内にいるだけだと分からない。生活水準がどんなものなのかわからないから、商品のアイディアも浮かばない。


 一人で、街に出るわけにいかないし、お兄様が冬休みに寮から戻ってきたときに、お願いしてみようかな。冬休みは、どこもいかないで、お屋敷で新年を祝っている。


 冬休みが待ち遠しいなぁ。

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