第22話噂は千里を走る


「はっきりと言いますわね」


 躊躇することなく断ったシベルに私は呆れていった。

「私は三人の中で一番候補から遠いわ。お祖母様が臣籍降下された王家の姫君だもの」


「あ、今、一番血が濃いのね」


 我が家も、さかのぼれば王家の血を引く姫君を下賜されたこともあるが、祖父母の代ではない。曾祖母あたりだろう。


 ランカスター王家はかれこれ250年以上続いているのである。血族婚も繰り返しているのでだいぶ血が濃くなってきている。身分の高い貴族へ臣籍降下をしても、なかなか血の濃さという問題はなくならない。


「もう、侯爵家からの候補は難しいのでは無いかというのは、お父様の代から言われていたそうよ。だから、ジュリア、貴女が候補になるしかないのよ……と言いたいところなのだけれど」


 シベルが困ったように言葉を詰まらせる。マーゴも同じように困った表情をしていた。


「あの王妃様の所へ嫁ぎに行け、とはさすがに言えないわ」


 シベルもマーゴも王妃が私に暴行を加えたことを間近で見ていた。あの人を義理の母親とするのは勇気がいる。


「普段はお優しい方で、乙女のように純粋なお方だという評判でしたけど」


 マーゴが言葉を濁らせて、淑女のように完璧な笑みを浮かべた。察しろ、と言いたいようだ。


「乙女のように純粋、というのが殿方達にはたまらない魅力らしいのよ」


 シベルが汚物でも見るかのような酷い表情をして言った。シベル、そういうの嫌いそうだもんね。


「叔父様や年上の従兄弟たちは、王妃様に魅せられて毎晩王宮のバルコニーを見に行ってるらしいわ」


 毎晩王宮のバルコニーを見に行く?なんだ、その謎の趣味は。


 私が、よっぽど意味が分からないという表情をしていたのか、シベルがお姉さんぶった目で笑った。


「王妃様は毎晩、バルコニーで物思いにふけってらっしゃるんですって。たまに、星に歌を捧げているそうだけれど。それを、こっそりみて、楽しんでいるのよ」


 気色悪い……!


 全身に寒気が走った。マーゴも毛虫でも見たような蒼白い顔色をして両腕をさすっている。


 なに、その、バルコニーにいる王妃様をこっそりみて楽しむ?時折、歌が聞こえて声もついでに楽しむって事?


 バルコニーで物思いに浸ってる王妃とか、どんだけ自分が好きなんだっての。星に歌を捧げるとか、乙女思考すぎて気味が悪い。


「物思いに浸っているというのは建前で、本当は叔父様たちみたいな信奉者と、詩のやりとりなどをしているそうよ」


「浮気だわ」


 潔癖ぎみのマーゴが憤慨したように呟く。


「なんで、そんなことシベルは知ってるの?」


「馬鹿な年上の従兄弟が、自慢してくださるの。『いつか、純真無垢でエロボディの女神とヤる』って」


 年上の従兄弟ー!なんて言葉をお嬢様のシベルに覚えさせるのだ。そういうのは、男同士だけで話しておけ!


「ちょ、シベル、それは、人前で言わない方がいいわ」


「あら、ジュリア、言葉の意味が分かるのね」


 お前も同じ穴の狢だ、とシベルに言われた気がした。


「えろぼでぃとやる?何を?」


 おっと、マーゴは知らないみたいだ。カマトトぶってたりしないよね?


「閨の作法の勉強は、まだしてないの?」


 私の問いかけに、マーゴは耳の先まで真っ赤にし、クッションに顔を埋めた。


「ね、閨の作法なんて、旦那様のいない私たちにはまだ早すぎます!!」


 確かに、閨の作法なんてまだ習ってないけど、私には前世の記憶というアドバンテージがある。ん?ということは、そんなことを知っているシベルって意外と……。


 私がじろじろとシベルを見ていると、「なにか文句でもありまして?」と上品な視線でシベルに射貫かれたので私は黙った。


 なにも、知らない振りをしているのが一番である。


 それにしても、王宮のバルコニーでのやりとりが本当なら、王妃は愛人でもつくるつもりなのだろうか。愛人だとちょっと問題が起きそうだから、信奉者というか取り巻きというか、乙女ゲームの逆ハーレム状態というか。


 イケメンの男達にちやほやされたい願望があって、それを着実に叶えているのかもしれない。


 星に捧げる歌、とか案外ちやほやされるための演出で、わざとやっていたりして……。


 私はそういう人に一生なれなさそう。無理だわ。


 パジャマパーティ、たまには良いかも。知らない情報は手に入るし、女の子だけで騒ぐのも楽しいし。

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