第19話賭けの行方
「ね、いいよね?」
王子は遠慮無くずいずいっと近づいてきて、ゲームの勝敗に賭けをしようと推してくる。
「遠慮します」
押しが強いということは、絶対、ゲームに負けない自信があるのだ。怖い、怖すぎる。キスをねだってくるとか。子供のくせに……!
「ジュリアから提案してきたのに?」
「申し訳ありません。普通に、チェスしましょう」
メイドに言って、チェス道具一式を四阿に持ってきて貰う。待っている間に、王子にお菓子を勧めた。
私のおすすめは、両端がしゅっと細くなっているバトー型で焼かれた、フィナンシェだ。この国に無かったお菓子だけれど、うちのシェフに頼んで作って貰った。
この国で一般的では無いお菓子を、王子のおもてなしに使うのだから、それなりに歓迎していることを手間が少なくアピールできるのだ。
きつね色に焼き上がったフィナンシェを手に取り、香りを楽しむ。最初に香るのは、焼けたバターの匂いだ。次にアーモンドの香ばしい匂いと、甘い蜂蜜の香り。
ひとくち口に含むと、噛みしめた時のバターが焦げてかりっとした感触と、中央部分の太くなった部分がねっとりしっとり、と食べ応えがある。小麦粉とアーモンドの香ばしさと、蜂蜜の甘さが口に広がる。それでいて、後味に変に甘さが残らない。紅茶との相性も良い。
ジョシュア王子も、美味しいのか、一口かじりついて顔がほころんでいる。
この国は、比較的、料理もお菓子作りもまだ発展途上で、前世の記憶を使って色々好きなものを作れそうな気がする。
とはいえ、お菓子はまだ贅沢品で、大量生産には向かない。私の家出の資金を作るには、向いていない。
「美味しい。こんなに美味しいものは初めて食べた」
「シェフが喜びます。それと、レシピを考えた私も」
「ジュリアが考えたの?」
「殿下がいらっしゃるので、おもてなしのために考えました」
婚約者には成りたくないけれど、断罪されない程度には親しくしておきたい。このお菓子が献上品ですよ。
王子は、年頃の少年らしくぱっと頬を赤くして、はにかむように微笑む。その仕草は、清純な少女のよう。顔が良いと、得だわ。
「ありがとう。僕、お菓子は好きだから嬉しい」
年相応の明るい笑顔を浮かべて、心の底から王子はお礼を言っている。美味しいお菓子を貰って嬉しくなっちゃうところは、まだ、子供だ。年相応で、可愛い。
メイドが持ってきたチェス盤を広げて、チェスを始めた。私もお兄様とよくチェスをするので、それなりに強い方だ、と思っていたが王子はそれ以上の腕前だ。
「あーあ、僕が勝負に勝ったからキスしてもらえるはずだったんだけど」
チェスは見事に王子が連勝していた。王子はチェスが上手だし、容赦ない。本当に、賭けをしてなくて良かったと思う。
「次、チェスするとき何か賭けようか?」
「絶対、しません」
●○●○
グリュー家のことを調べに、家の図書室にやってきた。王子は、調べてみればわかる、と言っていたけれど、歴史の本から調べればいいのかしら?
あ、でも、歴史書に編纂されるほど昔ではないとすると、貴族年鑑のバックナンバーから探せば良いのかしら。
とはいえ、私の生まれる十二年前からどんだけさかのぼれば良いのか見当がつかない。貴族年鑑は毎年刊行されているのだ。
とりあえず、私の生まれた年の貴族年鑑を広げて、グリュー家の記載があるか目次を調べる。Ctrl + F1キーを押して検索窓から検索がしたい!
目視で確認したが、グリュー家の記載はすでにない。このときにはもう、伯爵家は取りつぶされていたのだ。……で、何巻さかのぼれば良いんだ、っていう話よね。
こういうとき検索がはやいのは、二分木探索だっけ?
ある一定の範囲の真ん中を調べ、該当していなければ、半分のうちのちょうど真ん中を調べて、と徐々に範囲を狭めて該当するものを探し出す方式だ。
範囲を間違えると、そもそも見つけられないという目も当てられない状態になるのが欠点だけど。王子のあの口ぶりだと、ここ100年以内に起きたことのようだし。
私の生まれた年から100年の間の貴族年鑑を調べるとして、その半分、50年前の貴族年鑑を最初に調べる。
グリュー家の名前はない。
もっと古いと想定するので、51年前から100年前までの中央の年……えーとだいたいでいいのだから、76年前の貴族年鑑を手に取る。
あ、グリュー家載ってる。
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