第17話王子とのデートは前途多難
王子は、挨拶もそこそこに済ませ大変上機嫌に、私の手を取った。中庭で庭園でも眺めながらのデート予定だったので、私はそのまま中庭へと案内した。
王子が訪問される、ということで庭師達は気合いを入れて庭園を手入れしていた。いつも充分すぎるほど行き届いた綺麗な庭園なのだけれど、それ以上に磨き上げていた。
中庭は、晩夏に咲く美しい花々で彩られている。さすがに夏薔薇の時期は終わった。花を見ながら庭を案内する。案内するついでのように見せかけて、握られている右手をどうにか外そうとするのだけれど、死亡フラグ建築士は、やり手でうまく、手を外せない。
初めて会ったときの王子の印象は、穏やかで優しい乙女が思い描く理想的すぎる王子様、だと思っていたが、その印象を改めなければならないようだ。
ゲームでヒロインと恋仲が進むときも、これでもかっというほど、乙女の理想の王子の話し方と態度だったというのに。
この世界では、ちょっと違うみたいだ。
私が困ったように繋がれている右手をみているのに気がついた王子は、万人受けするような穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「嫌ですか?僕と、手を繋ぐの」
私が断れないことを知っていて、言うのか。
「嫌では無いです……が、歩きづらいです」
「では、慣れてください」
子供同士とはいえ、男女二人で会うことはマナー違反のため、それぞれお付きのもの達が背後から邪魔しない程度に着いてきている。
私は、何気なく振り返るとうちのメイドたちや、王子の付き人たちがほのぼのとした表情でこちらを見ていた。
あれ?あのメイド達の中に、居ないな……。
以前、王子のお手つきになりたいと呟いたメイドが居ないのである。当日、私の付き人になりたいとやる気を充分以上にみせてきたので、付き人のうちの一人にしたのだ。メイド頭は、頭が痛そうにしていたが、陰でこそこそ王子に粉を振られるより、私の目の前でやってくれたほうが、死亡フラグ建築対策になる。
予定通り、中庭を抜けて四阿へと到着した。この四阿は、壁面を薔薇で覆われていて、花が盛りの時は童話の挿絵のように美しい。
「お茶をお持ちしました」
お茶を持ってきたのは、例のメイドだ。何かあったら困るので、お茶を持ってくるのは私付きのメイドのアンナがやるはずだったのだけれど。
アンナは、先ほどの付き人達の集団のなかには居なかった。
メイドは作法通りにお茶を入れて、王子と私に振る舞う。まあ、本当にそれしかやらないのだったら、このメイドでも大丈夫だろうけど。
ただ、作法は問題ないのだけれど、なにか違和感がある。
王子と私は、隣同士で座っている。もう少し離れようとしたのだが、その分王子が距離を詰めてくるのであきらめた。
毒味代わりに私がさきにお茶を飲もうとし、ティーカップを手にしたところ、持ち手が器から離れ、茶碗の中身がひっくり返る。
茶碗の中身は見事に王子だけにかかり、王子のズボンがずぶ濡れだ。
「申し訳ありません」
カップの取っ手が見事に外れて、私にかかるはずだった紅茶が、王子にかかっているのだ。咄嗟に謝罪し、こぼれた紅茶を拭き取ろうとするよりも早く、例のメイドが、私と王子の間に体を割り入れた。
「こちらで、お着替えを」
王子を連れて、強引に屋敷の方へと連れて行く。半ば王子の腰に手を回して歩いて行くので、手慣れていると関心してしまった。
あっという間の出来事で、王子が屋敷に連れられていく前、何か言いたげにこちらを振り返っていたが、あまりの手早さに、私は言うことを思いつかなかった。王子の付き人が、慌てて彼女を追いかけている。
なるほど、着替えさせるという名目で、手を出すつもりなのか。
流石に本当に手を出されては家名の威信に関わるので、すぐに私も後を追いかける。ただ、その前に出された紅茶の温度を確認する。
お客様に出すお茶だというのに、人肌程度にぬるい。壊れたティーカップの取っての付け根は、よく切れる刃物で切断したみたいに真っ平らに綺麗だ。
用意周到だな、私はお屋敷へと戻りながら感心した。
王子は、裸に剥かれてはいなかったが、それなりに何かしたようで王子の付き人とメイドが口論になっていた。
すぐに王子の付き人が追いかけていたから、王子を誘惑するにも、手を付けて貰うにも時間が無かっただろう。
あまりの騒ぎに、メイド頭や、家令のレイモンドまで来ている。お父様やお母様が来るのも時間の問題かな。
「殿下のご様子は?」
言い争っていても埒があかないので、今度は、私が二人の間に割って入った。メイドのほうが、私のことを邪魔者のようにみている。
一応、私、この屋敷のお嬢様なんだけどね。
「お着替え中です。だから、私が中に入ってお手伝いしないと」
「お前が殿下の体を不埒に触ろうとするから、こうなってるんだ!他のメイドはいないのか」
あー……やっぱり、色々しようとしていたか。
「殿下、着替えはお済みになりましたか」
ズボンを履き替えるぐらい、誰だってできる。できることを一人でやらないのが、貴族や王族だ。人を使うことが贅沢なのだから。
「終わってるよ、どうぞ」
メイドが悔しそうな顔をしている。
私は、部屋の中に入ると、例のメイドや王子の付き人、騒ぎに乗じてやってきた他の使用人たちがぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
「殿下、ヤケドはしていませんか?」
例のメイドが率先して、王子に近づく。目を潤ませ、頬を上気させて、最大限自分を可愛く見せているようだ。
貴人より先に声をかけているのだけれど、このメイド礼儀作法は大丈夫かしら?
死亡フラグ建築士は、まったく動じた様子は見せずに、ヤケドはしていないことを答えた。
ヤケドしないように調整された紅茶をかけられたのだから、大丈夫。
メイドが、さらに何か言おうとすることを王子が遮る。
「ジュリア、君のところのメイドは、面白いのがいますね」
例のメイドは褒められた、気に入られたとでも思っているのか、目を輝かせて王子を見つめた後、私に勝ち誇ったかのように笑いかける。
私の背後には、例の野次馬使用人たちのほかに、メイド頭とか、家令がいて貴女の行動を逐一みているのだけれど、いいのかなぁ?
絶対、クビにすると思う。
「大変申し訳ありません。躾が行き届かず」
とは言っても、メイドを躾けるのは私の仕事では無い。メイド頭や、家を取り仕切る女主人であるお母様の仕事だ。
でも、お母様がこんな危なっかしいメイドを雇うかしら?
「ちょうどいい、見世物でした。魔法の精度をあげれば、もっと完璧だったかもしれないですね」
王子は気がついている。あのお茶をこぼしたことが、仕組まれたことだというのを。
お茶を予め温い温度でいれておき、私がお茶を飲もうとしたところで、私の粗相と見せかけて風の魔法でティーカップを破壊し、ひっくり返った中身を、水の魔法で王子にだけかかるようにする。
あとは、着替えさせる名目で密室に連れ込んで、好き放題やるつもりだったようだ。
確実にやるのだったら、王子の成長を待つべきだろう。まだ、子供で私をそばに置きたがるのも、お気に入りの玩具を手放したくないだけだ。
「今日のところは、帰るけれど、また、遊びに来るね。僕のジュリア」
何が楽しかったのか、とっても上機嫌で王子はお付きの人たちを連れて帰っていく。私のことをお気に入り宣言していたので、今回のことは王族からは、お咎めなし、ということのようだ。
王子が罰しないからといって、こちらはそうもいかない。
王子が帰ったことで悔しそうに、そして私を蔑むようにみているこのメイドを、どうにかしないと。
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