死亡フラグ建築士との攻防

第16話婚約者と死亡フラグ


 シャールーズと広場で別れてから、もう一度だけファルジャードさんの家に遊びに行ってみた。留守のようで、扉にはしっかり鍵がかけられていた。


 当然、シャールーズに会うことも無く、私は家族とともにランカスター王国のロンドニウムの邸宅に帰ってきた。途中、砂嵐の危険もあったのだけれど、なんとかかち合わずにすんだ。


 帰ってからすぐに、お父様は王宮からの使者が来て登城した。休む暇も無い。


 なにか急ぎのお仕事でもあるのかな、と他人事のようにこのときは、思っていた。


 お父様が王宮に呼ばれた理由は、その日の夕食の時間に分かった。


 私が、正式にジョシュア王子の婚約者候補の一人になったのだ。


 あの王妃がいるのに、私が婚約者候補によくなれたものだと思う。どう考えたって絶対に反対してそうなのに。


 お父様曰く、婚約者候補を決めたのは国王陛下と、ジョシュア王子らしい。他にもシベルとマーゴが婚約者候補らしいので、年も近い、地位も高い三人のうちの誰かと結婚してくれれば、安泰、という考えのもと決められたようだった。


 王妃も「これは運命だから、そのうち王子には素晴らしい愛に目覚めて運命の人と恋に落ちる」とまるで王子様の迎えを待つ乙女のような発言をしていたらしい。


 え?そんな発言してて、国が傾かないの?


 変だ、と思ったのは私だけだったみたいでお父様もお母様も、お兄様も深刻そうな表情をしている。まあ、ある意味、ちょっと頭が深刻よね。


 ルイは、まだ、夢見がちなのか「運命の人と恋に落ちる」というフレーズが気に入ったようだ。


「それは、千里眼の力での発言ですか?」


 お兄様が、食事の手を止めてお父様に尋ねた。


「正式では無いが……あの場にいた何人かは、千里眼での先見と思っただろう」


 千里眼?


「お父様、千里眼とは何ですの?」


 前世の記憶では、千里眼は「千里先まで見通す力」の意味で、単純に私は「すっごく視力がいい人」だと思っていたのだけれど、実は未来を予測する力ということらしい。


「未来を見通す力のことだ」


「千里眼をお持ちですの?」


「最近は、あまり力を発揮されなくなったが」


 王妃は十代の頃から千里眼の力を発揮していて未来予測をしていたらしい。未来予測をしていたのに、自分の結婚相手は、王様以外に居ないことを予測できなかったというのは、お粗末という気もする。


 惚れっぽい性格の場合、予測できても他の男性に目移りしてしまうのだろうか。


 王妃の発言は千里眼を踏まえての発言をすることがあるので、ある程度の変わった発言は見逃されているらしい。


 だからあの夢見がちな「運命の人と恋に落ちる」も誰からも突っ込みを受けず流されたらしい。


 ジョシュア王子が運命の人と恋に落ちるのは、ゲームの世界では決まっていることだ。ヒロインの相手役候補だし、メインヒーローだ。彼との物語が一番盛り上がるし、王道だ。


 ゲームがスタートしたとき、ジョシュア王子は婚約者がいた。ヒロインとの山あり谷ありの恋物語の障害として婚約者が必要なのであれば、現時点でジョシュア王子に「婚約者候補」がいるのも「運命」なのかもしれない。


 能力は本物っぽいけど、もっと平和利用に使えば良いのに。


「今後、殿下が婚約者候補たちと親睦を深めていきたいそうだ」


 三人の婚約者候補は平等に扱うことにしたようで、交代でデートをするらしい。


 運命の人と恋に落ちていないから、差し障りが無いように配慮をした結果のようだ。ゲームでは、私に引導を渡すのに、現実では公平で優しい人だ。


 恋に落ちたら豹変するかもしれないけれど。


○●○●


 ついに、王子が我が家にやってくる日になった。前もって手紙で、我が家に来る日を教えてくれたのは、大変良かった。手紙が来た日から、使用人達はもの凄く気合いを入れて準備をしている。


 年若いメイドたちのなかには、「あわよくば、お手つきになるかも」みたいなことを言っていた。お忘れですか、私も、ジョシュア殿下もまだ、十二歳。殿下は声変わりもしてないようなので、おそらく「お手つき」にはなれない。


 浮かれた発言をしていたメイドたちは、メイド頭にこっぴどく怒られていた。


 当たり前だよ。もう、普通、婚約者候補の私の目の前でそんな浮かれた発言しないから。庇い立てできないほど、見事だった。


 前日まで慌ただしく屋敷内の清掃したり、調度品を磨いたり、と準備をしていた。当日着る服は、清楚でシンプルなドレスだ。お屋敷でのデートなので、華美にならず、楚々とした清らかさを全面に打ち出すつもりだ。


 私としては、あんまりアピールしすぎない程度にしたかったのだが、返って控えめで、清楚なお嬢様っぽくなってしまった。


「大変よくお似合いですわ」


 メイドにヘアセットとメイクをしてもらい、休日の清楚なお嬢様スタイルができあがった。


 これは、控えめで清らかなお嬢様が好きなタイプは、わりと「良いかも」と思ってしまうのではないだろうか。


 全身が写る鏡を見ながら、私はゆっくりと一回転した。


 銀色の髪の毛はゆるくふわっとカールしていて、さらさらだし、紺色のワンピースには、控えめなレースが裾についていて、華奢で純情そうに見える。靴も低めのローヒールのパンプスで、リボンが愛らしい。


 私は猫目なのだけれど、ふわっと優しく見えるように化粧をされているので、そこまできつく見えない。


 さすがにもっと地味になるように頼もうと思ったが、死亡フラグ建築士が、まもなく屋敷に到着するという先触れが来た。


 泣く泣くあきらめて、この格好で死亡フラグ建築士様の到着を玄関ホールで待つ。


 王家御用達の馬車が、我が家の馬車止まりでとまって、死亡フラグ建築士がゆっくりと玄関に足を踏み入れた。


「ようこそおいでくださいました」


 お父様とお母様が最初に、王子を出迎える。次にお兄様、そして、私と次々に挨拶するなかで、王子は私の前でぴたりと止まった。


 ルイが挨拶のタイミングを逃して、わたわたしているし、私も顔を上げられなくてどうしようかと思っていると、死亡フラグ建築士様が、私の手を取って顔を上げさせた。


「ああ、やっぱり、とても綺麗です」


 王子は、花のような顔を綻ばせて、頬を上気させて呟いた。


 おいーっやっぱり、気に入ってるじゃねぇかこの格好!!死亡フラグ建築してどうするんだよ!

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