第15話シャールーズは何でもお見通し


 ぽーっとしたまま家に帰り着いて、気がついたら、朝になっていた。


 昨日、夕飯に何を食べた、とか何を家族と話した、とかまったく覚えてない。あの魔法のような手つきで錬金術を使うシャールーズとか、広場で話したときのシャールーズとか、脳内で何度も繰り返されて、とても正気じゃ居られなかった。


 そうだ、お父様に会う約束をしないと。あの錬金術で使った装置は、アランビックというのだそうだ。ナジュム王国でしか売ってないみたいだし、今のうちに買って貰おうっと。


 朝の支度をして、食堂に向かう途中でお兄様に会った。


「おはようございます。お兄様」


「おはよう。今日は、大丈夫そうかな?」


 お兄様が、かがんで私の顔をじっくり見てくる。今日も、お兄様は素敵。


「どうかしましたか?」


「昨日、ぼんやりして何を言っても頷いていたから、心配だったんだ」


「え?あ!あのっ、もう大丈夫です。昨日は、疲れていて」


「ぐっすり眠れた?」


「はい。ご心配おかけしました。お兄様」


「そう、良かった。この間話してくれたこと、お父様に相談したよ。変えてくれるって言ってた」


「ルイの家庭教師ですか?」


「ルイはだいぶ懐いているようだったけれど、こればかりはね」


「お兄様、ありがとうございます」


 お兄様が私の頭をなでてくれる。朝から、幸せ。


●○●○


 ようやく、自由時間が取れるようになった。今日一日は、勉強の予定はない。シャールーズと一緒に遊びに行く日だ。


 今日も、ファルジャードさんの工房に遊びにいって、錬金術を教えて貰う。前回シャールーズが行った「ラベンダー水」を作ることを、今度は私がやる。


 シャールーズと同じようにランプの側面を指で叩くけれど、簡単に火はついてくれない。


「ランプに火を付けるにも呪文つかったほうがいいね」


 ファルジャードさんが、呪文を唱えてくれるが、何を言っているのか聞き取れない。


 なんか、外国の言葉っぽい。


「聞き取れません」


「あ……えーっと」


 ファルジャードさんが、もう一度ゆっくり発音してくれるけれど、「くちゃくちゃぺちゃらちゃ」みたいにしか聞こえない。


「古代ナジュム語だから、ジュリアさんは聞き取りにくいかも」


「私、ちゃんとナジュム語話してますよね?」


 外交官の娘ということで、物心つくころから母国語であるランカスター語、隣国ということでナジュム語、アールシュ語の日常会話に困らない程度には話せるように勉強している。


 いまだって、ナジュム語で話しているのに。


「古代ナジュム語は、いまの俺たちが使っている言葉より、神よりの言葉だ」


「まずは、古代ナジュム語から勉強しようか」


 ファルジャードさんは、本棚から古代ナジュム語の初心者向けの教本を見つけ出してくれた。


 かっこよく錬金術使えるかと思ったのに。語学の壁が立ちはだかってるなんて!


 私の発音がたどたどしいのか、シャールーズがにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。私は真剣に古代ナジュム語の発音してるつもりなんだけど。


 古代ナジュム語の基本を習ったところで、もう一度ランプの側面を指で叩いて呪文を唱える。すぐに炎は点らなくて、しばらくして火がついた。


 続けて、ラベンダーの花の入った銅製の容器と水蒸気を受け取る容器も指で叩いて、呪文を唱える。30分たってようやくこの間とれたラベンダー水の半分ができあがった。


「まだ精度が悪いから少ないけど、精度を上げればもっと増えるよ」


 ファルジャードさんができあがったラベンダー水を手にとって品質をチェックしてくれた。


 シャールーズは、私の古代ナジュム語がたどたどしくて、とても可愛いらしく頬を赤らめている。そんなに子供っぽい発音なのかしら?


 なんだろ……こう、ペットを溺愛する飼い主のような怪しい目の光り方をしてるのよね。シャールーズ……。


 ラベンダー水を作り終わって、後片付けをする頃には、家に帰る時間になっていた。いつものようにシャールーズに広場まで送って貰う。


「あのさ、俺、もうパルヴァーネフに帰らないとならないんだ。来年の夏は、今年よりも短い滞在になると思う」


「うん……そっか」


 シャールーズは、王都のパルヴァーネフ住まいであるということは知っていた。そして、いつまでも子供のままでは居られないことも。


「なるべく来るようにする、けど、もしよかったら、ジュリア、錬金術学ぶために、こっちに留学にこないか?」


「留学?」


「パルヴァーネフには、錬金術の学校がある。最高峰の学び舎だ」


「うん、考えてみる。えっと……」


 お別れの言葉を言おうと思っても言葉がでてこない。毎年、夏が終わるたびに言っていた来年、会うための約束。


 シャールーズが、私の腕を引いて苦しいぐらいに抱きしめてくる。


「ジュリア、絶対、迎えに行く」


 シャールーズは、苦しそうな声で私の耳元に声を落とすと、私の髪の毛にキスをして離れた。


「え?え?シャールーズ??」


 シャールーズが私のことを好きなのは、疑いようも無い。だけど、なんか一人で納得して、一人で満足して、去って行こうとしてるんだけど。


「私の話……」


「次に会ったときに、また」


 満足そうに頷いて、シャールーズはきびすを返して帰って行った。


「ちょ、私の気持ちは無視するわけー?」


 シャールーズは、格好いいけれど、私の気持ちにはあんまり関心がないみたいだ。

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