第14話それって結婚してくれるってこと?


 シャールーズの手先は長くて形が良い。手際よくラベンダー水を作る準備をしているが、それが魔法のように所作が美しい。


 天秤でラベンダーの乾燥花を秤、銅製の器に入れる予め蒸留した水を甕から汲み、花が入った銅製の器に水を注ぎ入れた。器を三脚の上に乗せてその下にアルコールランプを置く。どうやって、火を付けるのかと思っていたら、シャールーズがランプの側面を二回、人差し指で叩くと、ランプの芯の先に火がついた。


「魔法みたい」


「簡単な錬金術の一種だ。ランプに火を付けるのは魔法じゃ無い」


 シャールーズがどことなく得意げな顔をしている。銅製の器からは管が伸びていて、できあがった蒸留水を受け取る器へと繋がっている。その器は二重になっていて、外側には水が入れられていた。


「ここからが、腕の見せ所だ」


 シャールーズは、何か呪文を唱えて花と水の入ったどうの器と、蒸留水の入った器を指で軽く叩いた。管からぽたぽた、と蒸留水が垂れてくる。すばやく、ランプの炎を弱火にした。


「30分ぐらいでできあがる。良い匂いがしてきただろ?」


「うん、ふわっと爽やかで、でもちょっと甘い香り」


 ラベンダーってこんな香りだったっけ?芳香剤のイメージがあるからかもっと強烈な香りだと思っていたけれど、実際は草の香りのように落ち着いていた爽やかな、それでいて甘い香りだ。


「では、シャールーズが使った錬金術について、説明して」


 ファルジャードが家庭教師っぽい言い回しをいて、シャールーズに言った。


「俺が使ったのは、ランプの火を付ける、火力の調整、成分抽出を効率よくするための3つだ」


「え?錬金術ってただ、ラベンダー水つくることを指すんじゃ無いの?


「それなら、魔力無いやつだってできるだろ。上等の錬金術師は魔力をちょっとだけつかって、効力をあげる」


「私にもできるかな?」


「俺は魔力を測ったことは無いが、あんまり無いと思ってる。ナジュム人は魔力少ない奴多いよな?」


「そうだね、ナジュム人は魔力の含有率は平均的に少ない。30%ぐらいが当たり前じゃ無いかな?だから、魔術学が歓迎されないんだけれど」


 ナジュム人の魔法使いって、見たこと無いなと思っていたら、人種的に難しかったのか。


「ランカスター人とナジュム人の間の子供はどうなのかしら?」


「ジュリアは、俺の子供が生みたいって?」


 シャールーズが意地悪に笑いながら私に顔を近づける。


「え?それって、私と結婚したいってこと?」


 私が聞き返すと、シャールーズは虚を突かれたような表情をして、すぐに顔を真っ赤にした。


 意外な反応につられて、私まで顔が熱くなる。


「バカバカバカバカ!バカッ」


「ほーら、いちゃついてないで、ラベンダー水だいぶできてきたよ」



○●○●



 ラベンダー水を、瓶詰めしてコルクできっちり栓をする。長期保存する場合はこの上から蝋で封印するらしいけど、今日はお土産として私がもらった。


「このまま化粧水として使ったり、足を洗って匂いを消したり、色々使えるよ」


「ありがとうございます。ファルジャードさん」


「俺に、礼は?」


 シャールーズが何か言っているが、私は聞こえないふりをして顔をそらした。ファルジャードさんが、クスクス笑っている声がする。


「今回は、簡単な蒸留の仕組みだけだったけど、錬金術は奥が深くて、日々発見の楽しい学問だから。良かったら、勉強してみて」


「ファルジャード、明日もここにいるのか?」


「しばらくは居るよ」


 シャールーズは、明日もここに連れてきてくれるつもりなのだろう。だけど、明日から私は自由に出歩けない。


 砂嵐でこちらに来るのに足止めされていた家庭教師が明日、到着するのだ。いつものようにレッスンの毎日を送る。自由に遊びに行けるのは、週に1回だけになる。


 家庭教師のレッスンの事を伝えると、シャールーズが残念そうな顔をした。


 また、いつものようにシャールーズに広場まで送って貰った。いつもなら、すぐに別れるこの広場で、シャールーズに引き留められた。


「おまえ、やっぱり、良いところのお嬢様だったんだな」


「最初から、気がついていたでしょ」


 子供が勉強できる環境にあるのは、金持ちか貴族だ。平民の子供は、ある程度身の回りのことが一人でできるようになったら、大人に混じり仕事をする。勉強している時間など無い。


 それは、シャールーズにも言えることで、錬金術という学問を知っている以上、金持ちか貴族かといったところだ。


 私は、シャールーズと交流を持ち始めてからずっと家庭教師に勉強を教わっていることを隠していない。それでもシャールーズは、言及してこなかった。


「ジュリア、この国に来ること、ちゃんと考えておいてくれ」


 シャールーズは、私の頭をくしゃっと両手でなでると足早に立ち去っていった。


「えっと、それって、結婚してくれるって事?」


 私は、夕日に負けず劣らず顔が赤くなっていることを自覚した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る