第13話錬金術を習いたいのはなぜ?


 ファルジャードは、口をふさがれたまま首を何度も縦に振った。シャールーズは、ファルジャードの口をふさいだまま、私に彼を紹介した。


「こいつは、ファルジャード。腕の良い錬金術師だ」


「はじめまして、ジュリアと申します。ランカスター人です」


「よろしく。ジュリアさん」


 ファルジャードは、人の良さそうな笑顔を見せた。


「ここまで来るってことは、何か大事な用でも?」


 ファルジャードは言葉を選びながら、シャールーズに尋ねる。シャールーズの身分が、私に知られないように慎重に話をしているのだろう。


「こいつに錬金術を見せてほしい。変わり者で錬金術を勉強したいんだそうだ」


「ランカスター人が?錬金術?」


 ファルジャードは、珍しそうに私のことを上から下まで眺める。値踏みされているようで嫌だ。


「魔法至上主義のランカスター人が、珍しいね。ああ……魔法使えないから?」


 人は良さそうだけれど、遠慮無く人の踏み込まれたくないところにズカズカ踏み込めるぐらい、空気は読めない人みたいだ。


「ランカスター人にあるまじきことに、魔法は使えないので!」


 ランカスター人の貴族であれば魔法が使えて当たり前とランカスター王国では、常識になっている。ファルジャードは、私の身のこなしからランカスター人の貴族令嬢であると判断して、「貴族なのに魔法が使えないから、錬金術学んでお茶を濁そうって言うの?」という嫌みを言ってきたのだ。本人は、嫌みを言ったと思ってないだろうけれど、無意識の差別だ。


「いや、その……嫌みで言ったわけじゃ無いんだ。すまない。俺が無礼だったね」


 私が嫌みに対して、嫌みで返答したことに気がついたのか、ファルジャードは困ったように言った。


「錬金術に興味を持ってくれたことは嬉しいよ。理由は何であっても」


「一言多いぞ」


 シャールーズが呆れたように言った。シャールーズは、私が錬金術に興味をもった理由を詳しくは聞いてこなかった。それこそ、私が錬金術に興味を持った事なんて、知らなくても良いと思っているのだろう。だから、聞いてこない。


「お父様から錬金術の素晴らしさは聞いているわ。……それに、私はいずれ、市井に下るつもりなの」


 ゲームのシナリオ通りなら処刑されてしまう。処刑だけは回避できたとしても、罪人として訴えられた時点で貴族の資格は剥奪されているはずだ。そして、国内でも生きていけないはずだ。


 そうなった場合に、一人で生きていける術がほしい。

 隣国に亡命して、そこで盛んに行われている錬金術が使えたら、一人で生きる分だけは稼げるかもしれない、そう、考えていたのだ。


「市井に下る?……ランカスター王国では、成人した貴族は強制的に独り立ちさせられるのか?」


 シャールーズが不思議そうに聞いてきた。


「違うの。私は、予言を知っているから。家を追われ、国を追われることを」


「それって、どういう……」


 シャールーズが私の肩を掴んで揺さぶってくる。私はこれ以上言うつもりが無いので、だまって首を振った。


 予言は、ランカスター王国では、子供が生まれたら占い師に未来を占わせて「予言」を与える。廃れてきた習慣とはいえ、私が「未来を知っている」ということの言い訳には十分だ。


「市井に下ったときに、手に職があれば生きていけるでしょう?」


「わかった。簡単なものからだけど、俺が教えよう」




 ファルジャードは、一本の瓶を棚から持ってきて机の上に置いた。瓶の中身は、無色透明の液体が入っていた。


「これ、基本のラベンダー水。これを使ってできたものだ」


 ファルジャードは、机の上に置いてあった銅製の鍋と管が繋がった装置を指した。


 これ、蒸留しているのかな……?鍋の下にはアルコールランプが置いてあるし、管は瓶に繋げられていて水蒸気が冷やされて水滴になったものを、瓶に移しているのだろう。


 ということは、精油も作っているってこと?


「これが、ラベンダー油。この装置で作り出しているのはラベンダー油。副産物がラベンダー水。両方とも錬金術の基本材料だ」


「何をつくるの?」


「ラベンダーは、何にでも使える薬を作れる。錬金術は薬を作ることもできる」


「私もやってみたい」


「じゃ、シャールーズやってみせてやって」


「俺が?」


「できるだろう」


「わかった。見てろよ、ジュリア」


 シャールーズは、やれやれとため息をついて立ち上がると、私に向かっていたずらっ子のように笑った。

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