第12話憧れの錬金術工房


 次の日、私は昨日のルイのことを誰に話そうか悩んでいた。あのままでは、いけないことは分かるけれど、お父様が家庭教師を選ばれたわけだから、お父様に言いづらいし、お母様はルイには甘いところがおありになるし。無難なのはお兄様かしら。


 お兄様の部屋を訪ねると、すでに勉強をしているようだった。


「お兄様、お話をしてもいいでしょうか」


「おいで」


 お兄様はわざわざ机から離れて、ソファに座り直すと両手を広げて迎え入れてくれる。


 これは、抱きついても良いよ、の合図よね?


 私は遠慮無くお兄様にぎゅっと抱きつく。お兄様は最近、ますます格好良くなっているのだ。


「どうしたの?ジュリア、昨日、ルイと何かあった?」


「お兄様、気がつかれていたのですね」


 私は気落ちして、床を見ながら呟いた。


「ルイも様子がおかしかったし。喧嘩した?」


「喧嘩というか……その、ルイが」


 私は昨日あったことを簡潔に話した。ナジュム王国の友人とモスクに遊びに行ったこと、そのときにルイが言ったこと。


「私は、できればルイには偏見を持たないでほしいと思います。でも、ルイのような考え方がランカスターでは一般的で、ルイもそれに合わせただけだってわかってます」


「ジュリアは、良い子だね」


 お兄様は、私を隣に座らせて、頭をなでてくれる。


「ジュリアは、歴史を勉強していないのに一番大切なことを知っている。国と国を友好的に繋げるにはお互いが違う事への理解が必要だと、俺は思っている」


 ルイもそのような勉強をしているはずなんだけれど、どうしてだろうね。とお兄様は不思議そうだ。お兄様が学校に行く前に習っていた家庭教師の先生と、ルイが習っている家庭教師の先生は違うのだそうだ。


「たしか……王妃様の推薦状があったのだっけ。父上が断れなくて困っていた」


 こんなところにも王妃様がでてくるとは思わなかった。


 私が顔をしかめたのが分かったのか、お兄様は眉を寄せてため息をついた。


「あんな事もあったわけだし、父上に相談してみるよ。どうも、何かありそうだ」


 さ、もう遊びに行きなさい、とお兄様は私を立ち上がるように促す。お兄様は十五歳とは思えないほど大人で、素敵。


 私も、あんな十五歳になれるのかしら?


 お兄様に相談して気分すっきり、今日、ルイは私についてこないし、このままシャールーズの所に遊びに行こう。



 いつもシャールーズを待っている広場に行くと、すでにシャールーズが待っていた。手を振りながら駆け寄ると、シャールーズに「弟は?」と聞かれた。「喧嘩したから着いてこない」というと、シャールーズは、いいのか?と聞いてきた。


「いいのかっていわれても。ルイがあんな事いうんじゃ、連れて歩けないもの」


 それもそうか、とシャールーズは頷くとどこに行きたいのか尋ねてきた。


「えっと、今日じゃ無くてもいいんだけど……」


「遠慮するな、気持ち悪い」


「酷い!その、えっと、錬金術がみたいの。錬金術の工房ってどこか、見れるところ知ってる?」


 錬金術師は一人前になると、工房を持ってそこで錬金術を研究しているのだそうだ。ランカスター王国でも工房をもっている錬金術師はいるだろうけど、やっぱり本場のナジュム王国の方が、質も量も多い。


「居るか分からないが、行ってみるか?」


「え?いいの!」


「ふらっと居なくなって、ふらっと帰ってくるような人だけど、ギティに工房構えている知り合いがいる」


 シャールーズは、そういうと私の手を取って歩き始めた。シャールーズって私とおなじ歳ぐらいだけれど錬金術師の知り合いがいるってどんな関係なんだろう。


「どういう知り合いなの?」


「父親の仕事関係」


「あー……そういう……」


 はっきりとは分からないけれど、シャールーズはナジュム王国の貴族の令息なんだと思う。ということは、シャールーズの父親は貴族かもしれなくて、その仕事関係というと、貴族お抱えの錬金術師ってことかしら?


「変人だけど、腕は確かだ」


「私、あんまり錬金術って知らないのだけど、大丈夫?」


「簡単に説明すると、錬金術は価値のある道具を生み出す学問だ。その補助にわずかな魔法を使う。自分で材料を取りに、旅に出ることもあるから、剣舞っていう独特の剣術の使い手でもある」


 剣舞なんて初めて聞いた。ゲームでも出てこなかった要素だ。


「生活道具を造ったり、旅に便利な道具つくったり色々ある」


「その人は、何を造ってるの?」


「便利道具とか、薬が多いな」


「薬も?」


「薬も。興味あるものはなんでも造ってる」


 港町のメインストリートを北に向かって歩く。ここら辺はどちらかというと平民が多く住んでいる場所だ。

「砂漠に出て材料を取りに行く事が多いから、砂漠に出やすい北側に住んでるんだ。変わってるだろ?」


 普通、身分ごとにある程度区分けされていたら、その区分けに沿って住居を構える。その方が、安全だからだ。


 街の城壁近くの一軒家に、錬金術の工房である証の大鍋の看板が下がっている。シャールーズは、扉をノックしないで開けた。鍵はかかっていなかったみたいだ。


「ファルジャード生きてるか?」


 シャールーズは、家の中に居る人に挨拶とは言い難い言葉をかけた。


 どうしよう、そんなに個性強い人なのだろうか。


 応答が無いので、シャールーズは家に一歩入る。あたりをきょろきょろと見回し、誰か玄関先に出てこないか待ってみるが、物音がしない。


「不用心に鍵を閉めずに寝てるのか、集中してるのか……中で倒れてるのか」


 シャールーズが物騒なことを呟くので、安否を確認するために、家にお邪魔することにした。


 典型的なナジュム王国の一軒家で、平屋建てである。玄関から中庭まで一直線に廊下が延びていて、その左右に部屋が幾つかある。


 中庭にある大きな木が木陰を作っていて涼しそうだ。その下に、長椅子が置いてあるが誰も居ない。


「工房に行ってみるか」


 一番奥の部屋が工房になっているというので、シャールーズに案内して貰う。部屋と部屋は外廊下で繋がっているので、どの部屋からも中庭に出ることができる。


 工房の扉は開いていて、中からかすかに物音がした。誰か居るのかもしれない。


 工房の中は、まるで魔女の家のようだった。天井からは色々な植物が乾燥したものが蔓下がっていて、壁一面の棚には、所狭しと瓶詰めが並んでいる。瓶詰めには、植物が液体と一緒に入れられていたり、木の実が入っていたりしている。部屋の中央には、錬金術師の証ともいえる大鍋が鎮座していた。


 その大鍋に背を向けるように置いてある机には、本やら書きかけの書類やら積み上がっていて、それに埋もれるように、人が椅子に座って寝ていた。


「起きろって」


 まったく遠慮なく、椅子に寝ていた青年をシャールーズはたたき起こす。文字通り、肩を思いっきり叩いている。


「なんだよ……誰だよ」


 眠そうにかすれた声で青年は答えた。濃い藍色の髪に、焼けた肌、黒曜石のような瞳の涼やかな顔立ちの青年だ。シャールーズより、少し年上にみえる。


「で……」


 青年がシャールーズの顔を確認して、何か言おうとするのをシャールーズが口を押さえた。


「いいか、余計なことは言わず、俺のことは名前で呼べ」

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